2026年5月23日土曜日

書斎の改良-1

 5月も後半になり、少しずつ仕事が増えてきた。現在、受注済みが9件、引き合いが4件、完了が2件といった状況である。

黒板

黒板
もう見慣れた2列表示だが、もともとこの黒板は1列表示を想定していた。開業時、同時受注して制作する件数はせいぜい10件程度で、少しゆとりを見て15件あればと考えていたのである。しかし昨年度末など同時に30件を超える数の仕事となり、今のように2列表記が標準となったのである。たくさん仕事をいただいて、ありがたい限りである。
ところで、私は黒板とホワイトボードでは黒板の方が圧倒的に好きで、特にチョークで書くときのカチカチという音とフィーリングが大好きなのである。逆にホワイトボードマーカーのヌルヌル感が苦手で、またキャップをいちいち外したり付けたりのも面倒で、さらにだんだんインクがかすれてくるのも嫌いで、何が何でも黒板!、と決めていた。

先日、日本橋で丸善に寄ったらこの黒板用に欲しかったチョークが売っていたので買って帰った。そう、チョークにもこだわりがあったりする。

ゴールデンウィークに始めた書斎の改良は着々と進んでいる。現在半分くらい終わっただろうか。

今日は久しぶりに部屋の写真を撮ってみた。この「写真に撮って眺める」のもすっかり習慣となっている。撮った写真を眺めて改良点を考えるのによいからだ。気がつきにくい問題点が見えてくるのがいい。ただし撮影時に片付けたりしないで、ありのままを撮ることが大切だ。写真は見せるためではなく、考えるために撮るのだから。

まずはMacの作業机

Macの作業机

さっきまで食べていた柿の種の皿や飲み終わった炭酸水のペットボトルが見えるが、それを除けばここはいつもこんな感じである。ここは今のところこの状態が理想型だと思っている。


次にサイドデスク

サイドデスク

仕事があまり忙しくないのでここも片付いている。ここは仕事があるときは仕方がないがそうでないときは何も置かないことが基本。

次が書棚

書棚

書棚の下の引き出しキャビネットを新しいものに替えた。Amazonで購入した1万円弱の木製キャビネット。それを3台買った。値段が値段なので品質はそこそこだがそれでもプラスチック製よりしっかりしており、見た目も良いので満足している。書棚の本は読書の時間があったので少しずつ増えてきている。ここも合格かな。

次が作業机

作業机

ここは散らかっているが仕方がない。片付けの最中なので。いったんココに置いてそれを引き台などに収納していく。

最後についでにステレオ装置

ステレオ

スピーカーを少し移動し配線を調整しスピーカーグリルの色も黒に変えた。ダンボールは片付けの途中のものを入れて仮置きしているもの。テーブルがひっくり返っているのは脚を少し長くしようと改良中なので。ここはもう少しかかりそうだ。ひっくり返して脚のウラ面のフェルトを丁寧にはがし、これに9センチほどケヤキの脚をネジ止めして天板を9センチ高くする予定。ケヤキは東急ハンズで買った。

ロボクリ君は今は暫定でココに置いてあるがあとで移動の予定。

現在仕事の量はピーク時の1/3くらいだろうか。ピーク時は1日15時間くらい働かなければならないが1/3なら5時間程度、つまりまだ時間はそれなりにある。ただし28日に取材があるのでそれまでに少なくともよく見える部分だけでもキレイにする必要がある。まあ何とかなるだろう。

その後書斎の改良もほぼ完了し、ステレオまわりも使いやすくなった。

ステレオまわりもキレイになった










2026年5月12日火曜日

ステレオ装置と趣味なんて自己満足なんだから、という・・・

 5月中旬になり少しずつ仕事が来るようになった。そんな中、使っているソフトのユーザーインタビュー取材の依頼が来た。もう少し早ければヒマだったので良かったが、このタイミングなので月末でどうですか、と返事を返しておいた。もう一つ、5月前半は前にも書いたがヒマだったので図書室、工房、そして書斎の改良をはじめることにした。

左足のつま先の関節を痛めてあまり無理はできないので、やりかけの図書室と工房はかなり手間がかかるので一旦延期することにし、書斎のレイアウト変更に着手した。こちらはのんびり作業しても1週間程度で終わるだろうから足の負担を考え休み休みできる。それに書斎は仕事場所なので忙しくなるとレイアウト変更なんてまずできない。

そんな訳で始めたがおかげで今は書斎がめちゃくちゃになっている。この状態では取材はちょっと受けれそうもない。よって月末にお願いしたわけだが、仕事も少しずつ入ってきたのではたして月末までに終わるだろうか。

さて、まずはメインのステレオ装置まわりの変更から。メインのステレオ装置はレコードプレーヤー2台とCDプレーヤー1台、それとMacからDAC経由を音源とし、スピーカーは3ウェイで、これをプリアンプ、チャンネルデバイダー経由マルチアンプで鳴らしている。マルチアンプというのは3ウェイスピーカーならアンプを3台使う方法で、そのためスピーカーケーブルは左右3本ずつで全部で6本となる。ケーブルは床上に這わすとホコリが溜まるし、掃除もしにくい。またロボクリなどがケーブルに引っかかってしまうこともある。6本もあればなおさらである。

そこで以前自作のケーブル受けを作り、これを壁に留めてケーブルを壁に固定することにした。今回スピーカーの位置を少し動かすのでケーブルも少し調整する必要がある。

スピーカーケーブル、カナレ4S8
このケーブルはスピーカーの後ろなので見えなくなる。これは配線のためスピーカーを50センチほど前に出して作業している写真である。


スペーカーケーブルを壁に留める治具


スピーカーケーブルはカナレの4S8を使っている。スピーカーケーブルは様々なケーブルが売られているが私の考えではケーブル長が10メートル以内であれば電気器具に使われているビニル平形コード、いわゆる普通の電源ケーブル程度の性能で問題ないと思っている。ただしビニル平形コードは極性がわかりにくい。赤黒のものあるがちょっと見た目が悪い。そこでカナレの4芯ケーブルである。見た目は黒のキャブタイヤで強度もある。キャブタイヤというのは断面が円形のケーブルで家具などに挟まれても断線しにくく、取り回しもしやすい。また平形コードのようにねじれる心配もない。

よくオーディオ好きのおじさんで電気的な知識のない人たちはやたらと電線にこだわるが、私の考えではお金の無駄だと思っている。ヒドイものは数メートルで何十万円なんてものもある。それでオーディオ関連の評論家やライターが音の鮮度がどうのこうのと言うものだからその気になって買うようだが、何十万円は馬鹿らしくて試したことはないが、1m数千円のケーブルと1m80円くらいの普通の電線で聞き比べをしたが何度聞いても違いはわからなかった。アホらし。ただしケーブルなら何でもいいかと言えばそうでもない。やめた方がいいのはAmazonお薦めのAmazonスピーカーケーブルで、評価も高くその評価を読むと皆「私にはコレで十分」「違いがわからないからこれでいい」とか言ってる。そう、違いはそれほどないかもしれない。特にミニコンポでスピーカーケーブルが3m以下なんて場合、音的にはまず差はない。だがこのケーブル、なんとクラッド線である。クラッド線というのは基線がアルミでそれに薄く銅をめっきしてあるもので、外力にものすごく弱い。なのでアンプやスピーカーにつなぐ部分など数回曲げるとポロポロと切れてしまう。そんなケーブルは絶対使わない方がいい。Amazonには銅線のケーブルもあるようなのでそっちを買った方がいい。

さて、私はカナレの4S8だが、これは4芯で直径8ミリのケーブルという意味でもちろん銅線で、電気抵抗的には10mで0.15オームなので性能としては問題ない。カナレには4S6や4S11があり、4S6は直径6ミリ、4S11は11ミリだ。スピーカーケーブルが5m以下なら4S6でも全く問題ないだろう。4S11は線が太くて家庭用としては取り回しがしにくいのでお薦めしない。銅線には純度によりグレードがあるがいわゆるタフピッチ銅という安い銅線で問題ない。銅の純度を上げると確かに電気抵抗は減るがケーブルがよほど長くない限り音質に差は出ないだろう。

また例えばカナレを買うならAmazonは値段が高い。4S8が1mで890円もする。同じケーブル、サウンドハウスは280円だ。サウンドハウスでも3千円以上で送料無料だ。

ついでにインターコネクトケーブルについても少し、これはCDプレーヤーなどとアンプをつなぐケーブルで通常RCAピンケーブルを用いられる。このケーブルは電気抵抗はあまり気にする必要はない。だが流れる電気信号は微弱なので空中の電波などを拾うとやっかいだ。なのでシールド線になっている。このシールドがきちんと作用していれば良く、ケーブルの性能としてはあとプラグがしっかりしていればよい。性能としてはそれ以上でもそれ以下でもない。シールド性能についてはCDプレーヤーで何も音楽をかけずにアンプのボリュームを上げてみればノイズをどのくらい拾っているかわかる。シールド性能が不十分だと小さくラジオが聞こえたりする。具体的にはあまり長いケーブルは使わず、機器間の距離に少しだけ余裕がある程度の長さのケーブルで例えば1mのケーブルなら1本千円〜2千円程度のもので十分と言える。これも50センチで1万円のケーブルと1mで800円のケーブルで聞き比べをしたが違いは全くわからなかった。

オーディオ機器で音に差が出るのはケーブルなどではなく、スピーカーである。音質についてはここがだいたい8割くらいのウェイトを占める。当たり前だがこれは誰が聞いてもわかるほど製品によって違いがある。次がレコードプレーヤーのカートリッジ、これもスピーカーほどではないが結構違いが出る。CDプレーヤーやアンプはその次である。

CDプレーヤーやアンプなどはある程度、それぞれだいたい15万円以上のものなら何を選んでも大丈夫だろう。ただし操作性や見た目も結構大事かもしれない。そのあたりは好みで選べばいいと思う。例えばパナソニックの高級アンプなんて笑ってしまう外観で、誰がどう見たって上下逆さまなのである。これ、おそれくデザインの「デ」の字もわからないオジサンが固定観念にとらわれないつもりでデザインしたのかもしれないが、ボリュームつまみというのは操作部で、メーター(インジケーター)というのは表示部である。そしてボリュームつまみを手で操作するとき、表示部が下にあると手で隠れて見にくい。だから人類の機械づくりの歴史の中で操作は下で表示は上になっているのが自然に見え、これを逆にするとおかしなものに見えるのだ。

パナソニックのおかしなデザインのアンプ

少し極端な例だがこんなアンプを使っていると、せっかく良い音楽を聴いていても落ち着かない可能性が高い。もちろん気にならない、という人もいるだろうが、私に言わせれば「にぶい人」である。

こういう機器などの「たたずまい」というのは生活空間の中ではとても重要で、これは機器だけでなく例えば「本棚」や「食器棚」などでもそうと言える。本棚を例に取ると、そこに並んだ本が私たちに何かを語りかけてくるのであり、知や教養が気取ったものではなく、楽しみとして生活に溶け込んでくるための装置なのである。

だから同じ本棚でも何とか全集みたいなのをズラーッと並べるようなのは単なる成金趣味ぽく見えてすごく浅く薄っぺらく見えてしまうし、そういう本棚の人と話をしても教養は感じられず、たえず誰かにどう見られるか、どう見られたいかばかりを感じてしまうのである。

家電製品でも本棚でも食器棚でも何でもそうだが、ステータスなんて微塵も考えずに、どれだけ本を読みたくなるたたずまいなのか、おいしい料理を作ってみたくなるたたずまいなのか、深く音楽を楽しめるたたずまいなのか、といったことを考え選ぶことだ。

さて、スピーカーの位置調整とケーブルの配線がおわり、スピーカー回りがようやく片付いた。

スピーカー回りの片付けが終わった

このモニターは映画鑑賞用ではなく仕事のデータを確認するためのものでほとんど使うことがない。デジタルサイネージはタテ使いだがそれはあまり原寸で確認する必要ないのでこれは使わないが、展示会などで流している動画は音声と共に原寸に近いモニターで確認した方がよいと考えチェック用に購入した。だが最近はこの手の仕事にも慣れ、大型モニターでのチェックまでは必要なくなったのでほとんど使わなくなった。そもそも私はホームシアター的なものがあまり好きではない。まずもってテレビ放送はもう20年以上全く見ていないし、映画はよく見るが大画面で観たいとはあまり思わない。だからリビングにでっかい液晶テレビなんてウチには不要なのである。私は映画はひとりで観ることが多い。だから書斎で仕事の合間や少し時間ができたときに観る。27インチモニターで観る。

さて、次はスピーカーを除くステレオ装置まわりの掃除である。けっこういろいろ装置があるので、時間がかかる。レコードプレーヤーが2台、昇圧トランス1台、フォノイコ2台、CDプレーヤー1台、プリアンプ1台、真空管パワーアンプが3台である。これらを丁寧に掃除する。アルコールを含むウェットティッシュで拭く。

拭き終わったので久しぶりにメインのステレオで音楽をかける。ずっと仕事が忙しかったのでほんとうに久しぶり。レコードが聴きたいがそれは今度にして今日はCDで我慢。マックスリヒターのスリープを聴く。CD8枚組だが今日聞いたのは1枚目。マックスリヒターはオーケストラにシンセサイザーの低音を加えた曲が特徴で、このスリープもそうである。各ユニットがきちんと再生するかをチェックするのにちょうど良い。普通のクラシック音楽では低音は一番低くてコントラバスの50Hzくらい。ただしコントラバスの50Hzなんて実際の曲の中では音が小さすぎてわかりにくい。だからこのCDを選んだのだ。ちなみに高音はピッコロやバイオリンが4000Hzくらいかな。ただし例えばバイオリンの高音などは倍音を伴うので3000Hzくらいの音でも4倍音で12000Hzくらいまではよく聞こえる。だがそれ以上は聴覚がついて行けない。私が自分の聴覚をサイン波を流して確認したところ15000Hzが限界だった。アウトドア用品の店舗などで蚊を近づけないためだろうか高音を流しているあれが15000Hzくらいかな。

一時期ハイレゾなどといって40000Hzまで再生可能なスピーカーなどが出ていて、それに合わせハイレゾ音源なるものが流行ったことがあるが、あれは全く意味がないと思っている。ソースの多くは既存のCD音源を使って擬似的に超高音を加え、さらにイコライジングにより音の傾向を変えただけのものだった。ヒドイ話である。それでもオーディオおじさんなどは聞こえなくても感じるとか訳のわからない理屈を言う人がいるらしい。まあ勝手にすればいいが、そういう人達は音を聞いて音楽を聴いていない人が多いように思う。つまり好きな音楽の好きな演奏より、最優秀録音盤みたいなのを好んで買うひと達で、もうまったくハナシが通じないのである。ついでに言うとこれは音楽だけでなく、車やカメラなどでも同じで、高性能を求めそれを「持つ喜び」、「使う喜び」なんてすごく薄っぺらいことで、そんなことにこだわってモノ選びをするなんて実にもったいないのである。

車なら多少ポンコツくらいが楽しく、それにステキな彼女でも家族でもワイワイ楽しみながら買い物に出かけたり山や海に行くのがいいし、カメラもフルサイズのものよりマイクロフォーサーズの軽いもので楽しく最高の写真をたくさん撮ってそれをプリントして楽しむ方がはるかにイイ。料理でも数百万円の高級キッチンで絶えず汚さないことを気にしながら料理するより、クリナップのフツーのキッチンでおしいものたくさん作って恋人や家族とケラケラ笑いながらおいしく食べる方がはるかにイイ。つまり何を持つかではなく、どう使うかがあってこそそこに自分自身が投影できるわけで、そこに始めて有意義な時間が生まれるのである。趣味なんて本人が満足ならそれでいいという訳ではないのである。

その後スピーカーのサランネットの張り替えも終わり、その他の片付けも一段落した。まだ細かな作業は残っているがそれらは急ぐ必要もない、期限を決めずにのんびり進めればいいだろう。

ステレオ装置





2026年5月1日金曜日

ゴールデンウィークは片付けと音楽かな

 仕事がないままゴールデンウィークに入った。今日は5月1日で製造系の会社は休みのところが多い。また連休明け5月の7、8日の休みを取る人も多いし、連休明けにすぐ仕事の依頼が来ることはまずないので、少なくとも11日の週まではヒマな状態が続くだろう。

つまり珍しくゴールデンウィークは休みなのである。ただし先日書いたように足の関節を痛めてしまったので遠くに出かけたり、改修工事などはちょっとむずかしい。もうだいぶ傷みは引いたが油断は禁物で、関節炎はとにかく安静にするしか治癒の方法はない。

というわけで連休中、何をしようかと考えている。まずは久しぶりにお香を焚いて買っておいたウィスキーを空けてチビチビやりながら考えることにした。音楽は先日届いたヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルのムネモシネ。

お気に入りの竹のお香

お香はミニ火鉢のような香炉で焚く。お香用の香炉は穴の空いた傘ような形状のものが多いがあれは中がススでベタベタになるので、こういう香炉の方が好きだ。どのくらい残っているかもひと目でわかる。また佇まいもいい。置いてある場所がスピーカーの上なのがちょっと・・だが、ここは現在改修予定である。なので当分はこのままである。

グレンリベット

ウィスキーはグレンリベットで、これは大のお気に入り。グレンリベット以外のウィスキーを買うことはほとどなくなった。だが昨年秋以降ずっと忙しく、ウィスキーどころではなかったのですごく久しぶり。

ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブル「ムネモシネ」

そうそう、ヒリヤードアンサンブルのCDはヤン・ガルバレックとの共演以外にも何枚も持っている。

ペロタン

なかでも好きなのがペロタンで、ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルとは違って教会色が強いがこれはこれでたまに聴くのはいい。特に手前の黒いジャケットのCDは大のお気に入り。

私の音楽の好みはクラシック音楽は中世からバロックまでと近代から現在までの間が好きで、その途中は比較的手薄になっている。特にロマン派の作曲家のレコードやCDはとても少ない。シューベルト、ショパン、メンデルスゾーンなんて1枚もないかもしれない。いやショパンはピレスのがあったかな、でもあまり聴かない。

ちなみに「現在」と書いたがこれは「現代音楽とそれ以降」という意味である。

ひとつには仕事をしながら聴くには中世〜バロックや近代〜現代〜現在というのがBGMとしては最適だというのが大きいがそれだけではない。誤解を恐れずに言うと構成がはっきりしていてシンプルなのが両者の共通事項と私は感じている。中世〜バロックがそうなのはそうだろうが現代音楽はそうかな?と思えるかもしれない。現代音楽を含むモダンアートは絵画なども含め、芸術が持つ様々な要素を分解しその一要素を取り出したりしたものが多い。したがって難解のように感じるかもしれないがシンプルなのである。取り出した一要素を際立たせることで成立するので構成もシンプルであまり重層的ではない。そのシンプルさが仕事をしながらに快適なのである。

モダンアートの特徴としては上記に加え、従来的手法とは異なる構築方法を使う、と言うのもある。特にモダンアート後期はその傾向が圧倒的に強い。たとえば音楽であれば意図的に不協和音を用いたり、音階を壊したり、偶然性などを取り込んだり。だがこの新しい構築方法というのはモダンアートの実験としての面白さを提供してくれたと同時にモダンアートそのものを終焉に導いてしまった。まあ壮大な実験を目の当たりにできて私自身とても楽しめたのでよいが、これをあんまり体験しなかった人たちは実にもったいないことをしたのでは、と本気で考えている。科学でもアートでも実験に立ち会うのは楽しいものである。ただし同じ実験を何度も見せられても楽しいものではない。これがモダンアートの最大の問題点だった。つまり常に今まで誰もがやらなかっとことやること、探すことがモダンアートの唯一の命題になりその終焉は沈黙と消失という究極の回答でもたらされることになったのである。

従ってモダンアート終焉つまり臨終の正確の年を言うことができるのである。

現代音楽の臨終は1952年で、ジョン・ケージの「4分33秒」がニューヨークで初演されたとき

モダンアートの絵画の臨終は1953年で、ラウシェンバーグが「消されたデ・クーニング」が製作した年

ついでに言うと現代建築(モダニズム・アーキテクチャー)の臨終は音楽や絵画からずっと遅れて1972年ミノル・ヤマサキの「セントルイスの集合住宅」が爆破され取り壊された年である。

もちろんモダンアートやアーキテクチャーの死後も音楽は作られ、絵画や彫刻も作られ、建築も作られている。だがそれらは壮大な実験や理想主義の終焉のあと、ちょうどSF映画にあるような世界戦争で人類がほぼ滅びたあとの物語のようで、集落によってその生き様はバラバラなのである。もちろんソレ自体悪いことでも何でもなく、むしろそれがヒトの営みとして自然なのかもしれないし私自身好きな作品もとても多い。だが狂ったように突き進んだあの当時のムーブメントは眺めているのが、いや正確にはリアルタイムエイジではないのでその大部分はトレースしたといった方が正確だが、実におもしろかった。そう、トレースで十分楽しめるのだから極端なハナシ今からでも間に合うのである。そしてリアルタイムでないことが良い方向に作用することもある。中世の音楽と現代音楽の死後の世界の間を光速で行ったり来たりできるように。

メシアンの「天上の宴(Le Banquet céleste)」のあと、ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルの「ムネモシネ」を聴き、次に800年もすっ飛んでいき12世紀の「ペロタン」を聴く。そしてふたたび戻ってきてグラスの「フォトグラファー」。そこに800年の年月の隔たりはなく、さながら昨日と今日なのである。

フィリップ・グラスのCD



さて、ゴールデンウィーク、結局は掃除と散歩で過ごすことになった。掃除の日の次の日が散歩、そしてまた掃除の日と交互に。年末に仕事が忙しくて大掃除ができなかったので、今やることにした。やりながら思う。暮れの寒いときより今の方が掃除にいいのでは?と。換気しても寒くなく、お湯の出もよくジャバジャバ洗える。半袖のTシャツで作業もしやすい。おまけにこの時期どこに行ってもたいていヒトが多い。掃除ならそんなの関係なくできる。

で、次の日の散歩、最近散歩で良く行くのが光が丘公園。地下鉄で一本で行けるし、連休でもそれほど混んでいない。そこで少し歩いてたくさんあるベンチで飲み物を飲んでのんびりするのもイイ。そうそう今日は空も良かった。今日は風が強かった。風が強い日はたいてい空がイイ。



帰りに駅の近くで食材を買って帰る。

帰宅後夕食の後書斎の掃除、といっても働くのはロボクリ君。このロボクリはもともと寝室で使っていたのだが赤ランプが点灯して故障したようだったので買い換えた。で、捨てようかどうしようかと思っていたのだが赤ランプはバッテリー寿命ということなので、バッテリーを交換したら動いた。

ロボクリ


バッテリー交換の時、ついでに分解して掃除し、書斎で余生を過ごしている。中華製の安いロボクリだがまだ使えそう。寝室はエレクトロラックスというスウェーデンの会社のロボクリにした。スウェーデンだが製造は中華。家電は中華が多いね。

SF映画でロボットにも個性はあるか、なんてハナシがよくあるが、そりゃアルでしょ、ロボクリにもあるくらいだからね、とエレクトロラックスのロボクリの動きを眺めながら感じたのであった。

さて、その後古楽をもっと聴きたくなりCDを何枚か注文した。マイナーなので海外からの発送も多く、到着まで時間がかかるが仕方がない。月末までには届くだろう。

先行して届いたCD