2025年9月25日木曜日

クラウディア・カルディナーレ

 数日前に「時間がほしい」と書いたが、なければつくる方法を考えればよい、というわけでどうやって時間を作るのか考えている。

もちろん仕事の時間、食事や入浴の時間、睡眠時間は削らない。ではどうするか。1日を1時間伸ばして25時間にすることにした。もちろん25時間時計なんて実際にはないだろうしあってもオモチャだろう。そんなものは必要ない。全てのスピードを5%上げるのである。そして時刻を決めてできなかったことをその時間にやることにする。その時刻は流動的にせず決めておく。またやることも事前に決めておく。決め事は入浴の時に考えればよい。入浴直後はエアコンの風で涼みながら仕事をしたいので、入浴後仕事をしばらくした後の気分転換、または夕食の後だろうか。夕食後だと入浴時に翌日の予定を考えることになる。

まずは仕事の休憩時間を少し長めに取ってその時間を使ってみようと思う。結果として仕事の時間が削られただけとならないように仕事量は今以上に厳格に管理することにする。

と、ここまで書いておきながら体調を崩して丸2日仕事を休んでしまった。仕事に関してはギリギリのスケジューリングはせず、常にある程度余裕を持たせているので2日程度では深刻なことにはならない。だが頭痛の残るコンディションでせっせと遅れを取り戻すのはかなり辛い。つまり今の私に必要だったのは効率化ではなく健康管理だったということだ。

いろいろ考えてきたことを全部捨てて、仕事の時間を減らすことにした。

さて、今日は打合せで八王子まで行ったのだが本を忘れてiPhoneでFacebookを眺めていたらクラウディア・カルディナーレが亡くなったとあった。特別好きな女優というわけではないのですべての出演作を観たわけではないが、フェリーニの8・1/2、ヴィスコンティの山猫、あとはウェスタンやフィッツカラルドは観たことある。他にどんな映画に出ていたかな、フィッツカラルドが80年代でそれ以降は引退していたのかな、と思いニュースサイトを眺めてみたが、全く扱われていなかった。

ソフィアローレンと並ぶフィルム黄金時代のイタリアを代表する女優である。なぜ?、ネットにはつまらない顔をしたタレントみたいなのが薬物容疑で保釈されただの天皇家のボクちゃんが万博に行っただのどーでもよいつまらないハナシばかり。これが今という時代だ。無教養な人のくだらない興味だけがオモテにズラーッと並ぶのである。やれやれ。

さて上記の4作のうち好きなのは8・1/2とフィッツカラルドの2作だ。このうち8・1/2は言わずと知れたフェリーニの代表作である。

フェデリコ・フェリーニ監督「8・1/2」イタリア映画 1963年


この映画でクラウディアはカットは少ないがとても重要な役を演じている。演技も存在感もよい。だが残念ながらカメラが悪い。フェリーニはこの映画をドキュメンタリータッチで描きたかったのだろうがそのためかカメラがイーカゲンなカットが結構多い。

フェリーニの8・1/2から

このシーンは全体を通してかなり重要なカットだがクラウディアの演技は申し分ないがカメラは素人同然である。おまけにピンポケなのである。それはないよなぁ、と観るたびにもったいないと思う。

次にフィッツカラルド。8・1/2が60年代後半だったと思うがこれは80年代の映画。

ウェルナー・ヘルツォーク監督「フィッツカラルド」西ドイツ映画 1982年


映画そのものについては以前ココにも書いたので割愛するが、クラウディアはここでもすごくいい。8・1/2ではミステリアスな役だったが、この映画「フィッツカラルド」では陽気な役で、クラウディアが出るシーンはパッと花が咲いたような華やかさがある。この映画、全体を通して決して重苦しいストーリーではないが、能天気なハナシではない。その中で役どころを十分に理解し最高に演じている。クラウディアの良さはさておき、私の大好きな映画だ。

フィッツカラルドから

このシーン、主役のフィッツカラルドが後ろに隠してもっていた包みを笑いながら取り上げて開封するところ。すごくいい。ケラケラ笑いこけても決して下品にならない。

で、残る山猫とウエスタンは学生の頃にテレビで観たことあるが、もういつのことだったかもよく覚えていない。高校生の頃かと思う。山猫は時代とともに没落してゆく貴族の最後の栄華を描いた作品だったように記憶しているが、退屈な映画だったように思う。ウェスタンはこれも有名な映画だがあまり良いとも思わなかったような気がする。そもそもマカロニウェスタンのねちっこいイジメがバカみたいに続くのが嫌いな理由だった。マカロニウェスタンは全部ストーリーが同じ。「いじめ→放浪→帰還→仕返し」これ、今でも好きではない。「いじめ」と控えめに書いたがだいたい家族が皆殺しにされる。あとスクリーンいっぱいに映し出される汚い顔も同様、生理的に受け付けない。

というわけでウェスタンはパスだが山猫はこれを機にもう一度観てみようと思う。さっそくAmazonで調べてみると中古のDVDしかなかった。仕方がないからそれを注文した。6千円ちょっとだった。

届いた山猫のDVD


さて、翌日、今度は打合せで千葉に行った。昨日今日と2日かけて八王子から千葉へ東西に結構な距離を移動したことになる。測ったことはないのでわからないが100キロ弱だろうか。右に50キロ、左に50キロである。両方比べると八王子の方が街としては好きだ。千葉の人には申し訳ないが、千葉はどうも好きになれない。これは昔からで、なんでだろう、土建屋が強くて道路は立派だが建物が貧相なALC版ばっかりでその横をダンプカーがかっ飛ばしているイメージが強い。車のマナーも悪く、どこに行っても歩道に片側乗せて斜めに駐車している。電車はしょっちゅう遅れる揺れのひどいJRか不便の極み京成しかない。今日も総武線快速が15分遅れていて予定の電車に乗れなかった。その点、八王子はJRはオハナシにならないが、京王が時間通りで揺れも少なくとても快適だ。

また、海外旅行に行くとき、昔は国際線はすべて成田で、例えばイタリアやフランスから帰ってくると成田エクスプレスに乗るわけで、そうすると空港からしばらく千葉の街の眺めを見ることになり、昨日(一昨日)までいたローマやミラノ、パリやバルセロナの街からALC版のみすぼらしい千葉の街並み景色が変わり「日本に帰って来るというのはこういうことなの?」とがっかりだった。でも新宿に着いて高層ビルを眺めながらタクシーで帰宅すると「そう悪くもないな」と毎回感じるのである。

千葉はあと煮物や煮魚が信じられないくらい甘いのも辛い。島根に行ったときに食べたノドクロの煮付けが最高で、千葉でも食べられるというのでわざわざ銚子まで行った。料理店で注文して食べたら甘いのなんのでもうガッカリ。仕方がないので早々に店を出て漁港で別に買ったノドクロを家に帰ってから煮付けのリベンジ、その他仕事柄接待などで千葉の料理店には結構行ったことがあるがどこも似たり寄ったりだった。他にも残念ながら良いところが見つからない。

だから今日は気が重い。せっかく良い天気なのにね。ま、仕事なので仕方がない。





2025年9月11日木曜日

時間がもう少しほしい

 仕事が忙しくなり、今月は休みなしで働いている。個人経営のデザイン会社なんて仕事があって忙しいのはとてもうれしいことなのだが、もちろんだから頑張って働くのは全く苦にはならないが仕事以外の時間がほとんど取れないのが少し辛い。

仕事の管理表

黒板の仕事の管理表は今年は1列でMAX15件くらいにしたいと思っていたが、現状29件で2列となっている。このうち青のマグネットは制作作業は終わっていてあとは請求なのでそれらを除くと17件、結構頑張ったね、でもまだ多い。

今日ふと思ったのは最近レコードをまったく聴いていないということ。仕事しながら聴くitunesだけになっている。レコードも買っていない。タワーレコードのポイントも失効してしまったようだ。まあそれは仕方がないかな。でも今日見たらレコードプレーヤーのカバーの上に小さな蛾が死んでいるのを見つけて、なんか「ふうっ」とため息がでた。

もう1ヶ月以上さわっていないメインのステレオ


読書の時間もあまりない。半年ほど前にクライアントから勧められた一冊の本から始まった一連の自然災害に関する読書も最近は電車の中以外では読む時間がとれないので進みが遅い。

手前の3冊が最近買った本

そんな毎日ではあるが、比較的時間をかけていることが2つある。ひとつは食事である。料理や食事の時間はできる限りしっかり取ることにしている。だいたい料理に1時間、食事に1時間、そして食後に30分くらいである。もちろん切羽詰まってのときはご飯に目玉焼きをのせて急いで掻き込んでおしまい、なんてこともあるが、そんなのは年に数回だ。普段はいくら忙しいと言ってもそうまではならない。
さて、ウチは1日2食なので毎日5時間くらいは食事に時間を使っていることになる。料理は気分転換になるし何より好きなので苦にならない。食後はよくデザートを食べながらコーヒーを飲む。そして映画を観る。30分かせいぜい1時間くらいなので1本の映画も分割して観る。
最近観た映画でおもしろかったのは「侍タイプスリッパー」と「あのこは貴族」の2本。「侍・・」は単館ロードショー映画だが、かなり口コミでヒットしたらしい。まあおもしろいのだが私のお薦めは「あのこは貴族」の方だ。こっちの方がはるかにおもしろいし、映画としての出来もよかった。これは読んだことはないが原作もよいのだろうが、脚本と監督のチカラによるところが大きいだろう。キャラクター設定、ストーリー展開、カメラワーク、音楽とどれを取ってもまったく欠点が見つからない。こんな映画は久しぶりだ。監督は岨手由貴子、主演が門脇麦と水原希子、さらに脇を固める助演の俳優陣もみなとてもよい
あのこは貴族

あえてストーリーは書かないが、この映画、登場人物に悪人はひとりも出てこない。わかりやすい善と悪ではないのである。ストーリー展開上「イヤなヤツ」に見える人もいるがそう感じる人は見方が浅い。みなそれぞれの価値観のなかで全うに生きている。
この映画、電通やテレビ屋の映画のように主演の女優が「めいっぱいキラキラ」するようなこともない。また基本、女子映画なのだが「かもめ食堂」や「すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん」のような善良だがナイーブで少しオツムの弱い女の子ウケのする映画ともまったく異なっている。
そしてそのストーリーも「説明的」になりすぎる昨今の映画とは一線を画している。全てが淡々と進んでいく。
カメラもいい。今の東京を良いとか悪いとかでなく淡々と映し出す冒頭のシーンから、登場人物たちの距離感や背景など、どれをとっても完璧なのである。この映画を観た後「侍・・・」を観るとまるでテレビ番組のように見えるから不思議だ。それくらい「あのこは貴族」は映画としてよくできている。
「侍・・・」はテレビの時代劇がテーマなので意図的にあのようなテレビっぽい絵作りなのかもしれないが、そうであったなら、テレビ的絵作りの部分と映画的絵作りの部分をうまく使い分け、全体でどのように構成していくかにチャレンジしてほしかった。
さて「あのこは貴族」だが、カミさんもすごく気に入ったらしくて、もう何度も観たよ、と言っていた。
おすすめの映画だ。

さて、私の話に戻ろう。もうひとつ時間をかけているのはお風呂だ。忙しくても身体をしっかり洗ってそして少し熱めの湯船にゆっくり最低でも15分ほどつかる。15分は結構長いのでのぼせてしまう。だから風呂場の窓と入り口の扉を開けて外の空気を入れている。前にも書いたが熱い風呂に時間をかけて入ることで身体がリセットされ、ウィルスなどに対抗する作用があるように思っている。まあ私は専門家ではないのではっきりとしたことは分からないがたぶん間違いないだろうと思う。だからちゃっちゃとシャワーだけで済ます人は病気になるリスクが少し高いのでは、と思っている。

さて、いろいろ書いてきたが、時間がなくてできないことが結構たくさんある。それを今日は備忘録として書いておこうと思う。

・仕事の管理用データベースの制作
今はそれぞれの仕事のフォルダの中に費用関係のフォルダがあって、そこに見積書やら注文書、納品書、請求書、外注費の支払いなどのファイルが並んでいる。この方式の良いところは物件のデータと費用のデータが同一の物件フォルダに入っているので成果品と費用の紐付けがわかりやすいこと、それと特にデータベースなどプログラムしないでエクセルやPDFなどを作って入れておけばよいのでインフラの整備がほぼ不要なこと。強いて言うならエクセルで見積書や納品書のフォームを作る程度で、数時間でできる。逆に欠点はいろいろな案件が同時進行する中、費用についてチェックするときいちいち一つずつ物件のフォルダを開いてファイルを探す必要があること。物件の数が少ないときは今の方法でよかったが多くなっているとデータベースで一元管理した方が良いので、時間ができたら具体的に検討をしたいと思っている。

・メインのステレオの埃対策
メインのステレオはスピーカーは別にして、レコードプレーヤー2台とCDプレーヤー、プリアンプと真空管パワーアンプ3台、そのほかにフォノイコライザー2台、昇圧トランス1台がある。このうちレコードプレーヤーと真空管アンプは埃を嫌う。いまはレコードプレーヤーにはカバーをかけているが真空管アンプは1ヶ月も放っておくとうっすら埃がたまる。カバーをかけるか扉をつけるか何らかの対策をしたい。レコードも最近買っていないので時間ができたら何枚か新しいのを買いたいとも思っている。

・工房のリノベーション
工房は模型製作のために購入した大型の機械などが増え手狭になっている。かといって絶対的な部屋の広さはどうにもできないので、効率的なレイアウトと収納方法で快適な作業ができるようにできる限りのことはしたいと思っている。幸い昨年冷房を取り付けたので暑い日でも快適に作業できる。だが、なにぶんにも時間が取れずにそのままになっている。なんとかしたい。

・図書室の本棚の本と資料の整頓
念願の図書室が完成して、少し涼しくなったら図書室でのんびり本でも読みたいと思っているのだが、その前に図書類の整頓が必要だ。これはのんびりやればいいと思ってはいるが、まったく進まないのはあまり良くない。少しずつでも進めていきたい。

・2階の廊下の漆喰
2階の廊下の漆喰壁が傷んで所々ヒビが入っている。そこで全面的に漆喰を上塗りしようと思っている。これも寒くなると乾燥が遅いし、漆喰特有の海藻のにおいが抜けにくくなるので冬が来る前に済ませたいのだが。

・そのほか細々としたこともいくつかある。倉庫のダンボールの整頓、脱衣所の棚の改修、2階の引き戸の交換、模型材料の整理、大型事務機の作業スペースの製作、写真のプリント、レコードを買ったり聞いたり、水彩画の練習、などなど。




2025年9月8日月曜日

9月8日皆既月食

 今日は皆既月食が見られた。台風も通り過ぎて天気も上々、時刻も夜中の3時半がピークなのでまずまずの高度。今回も写真を撮った。ただしカミさんと娘は数日前から体調を崩して今回は不参加。また、私自身も仕事が結構忙しく、そんな訳で家の前で観測と撮影である。まあ仕方がない。

1時半、月食のはじまり、E-M1-II M300 F4.0 + MC-20、f/8 1/1600 ISO640、手持ち トリミングなし


1時50分、E-M1-II M300 F4.0 + MC-20、f/8 1/640 ISO640、手持ち トリミングなし



2時30分、E-M1-II M300 F4.0 + MC-20、f/8 0.5 ISO6400、手持ち トリミングなし



3時27分月食のピーク、E-M1-II M300 F4.0 + MC-20、f/8 0.5 ISO6400、手持ち トリミングなし

と、ここで家の前からでは向かいの家の屋根に隠れて見えなくなってしまった。カメラ担いで広いところに行けばいいのだが、今回はここまでにしておこう。明日は打合せもあるので。

次の月食は来年の3月、つまり半年後。時刻は今日よりもだいぶ早く、次は家族みんなで見に行くのもよいだろう。




2025年9月4日木曜日

運転免許の更新で思ったこと

仕事は忙しいが散歩は好きなのでまだまだ暑い日が続くが打合せなど出かけたときは少しだけ散歩するよう心がけている。

打合せの時撮った写真、隅田川

特にウチの近くには海や川や森はないので、そういうのが見られる場所の時は少し早めに家を出て散歩するのが楽しい。

 さて、先日運転免許の更新に東陽町まで行ってきた。普通であれば無事故無違反なら最寄りのウチだったら歩いてすぐの新宿警察署か都庁である。だが前回うっかり失効してしまい、おかげで保険料率は高いわ、更新にわざわざ東陽町まで行かねばならないわ、で踏んだり蹴ったりなのである。失効はもちろん私が悪いのだが、更新のお知らせハガキが届かなかったのも不運だった。どうして届かなかったのかはわからない。届いたが毎日大量に投げ込まれるピザ屋のチラシなどと一緒に誤って捨ててしまったのかもしれない。

また今でも覚えているが免許証に平成34年の誕生日まで、なんて書いてあったこと。私は天皇制に賛成でも反対でもないがこの平成だの令和だのにはことごとく不満なのである。「年」というのは大きく2つの用い方をする。1つはいつなのかという表記である。申込書の今日の日付を書いたり、生年月日を記入するような時。そしてもう一つはある年から別のある年まで何年間あったかという期間を計算する際の起点と終点の表記である。そしてこの両方に平成だの令和だのは不便極まりないのである。

例えば前述の平成34年の誕生日である。年号が変わると意味不明になる。もう一つ期間もそうだ。「1960年代後半からの高度成長期」とあれば今から何年前のハナシなのかは小学生でも5秒で計算できる。だが例えば「昭和60年のヒットソング」なんて言われても今から何年前なのか絶対誰も5秒ではわからない。「あっ、それわかるよ昭和は25足すと西暦になるから昭和60年は1985年・・・」なんて言うアホもいるだろう。一旦西暦に変換してどうすんの、と言いたい。

まあいい。そんな訳で、前回泣く泣くブルー免許になったのだが、今回新しく交付された免許証見たら年号のところにカッコで西暦が追加になっていた。見た瞬間「バカタレ、遅い!」と東陽町の4階で小さな声で言ってしまった。

また今回の更新でゴールドに戻るかなと思っていたら、これが違っていた。一旦失効してブルーになると5年間修行が必要で、3年後の更新時ではまだ修行が足りないのである。やれやれである。もう東陽町なんぞに行かなくて済むと思っていたのに〜。帰ってカミさんに話したら、「じゃあ次は品川だっけ、そこにしたら〜」とケラケラ笑っていた。そだね。

さて、今回東陽町で運転免許を更新して普段気づかないことにも気付かされたのがおもしろかった。私が普段コミュニケートする相手は優良企業の技術や営業の人たちで、そういう人達とは会議でもメールでも、ひと言で言うと「効率的で無駄が少ない」つまり「まともな」コミュニケーションが成立する。たまに「うーん」ということも無いわけではないが、そんなときはちょっと困ったなぁとなるのだが、まあその程度だ。

だが実は世の中の平均はもっとドーンと低くて、たとえば交通安全協会だかの教官も受講者も一緒に働くのはありえないなぁと思うのである。これはまあ向こうも私に同じことを感じているだろうから、世の中の平和は維持されると考えよう。教官は毎日毎日同じことをもう何十回も話しているだろうになぜ?。受講者も同じでマークシート式の問題のシートが配布され鉛筆でもボールペンでも何でもいいので設問に丸バツで答えてくださいと言われた。もし何も持っていない人は鉛筆を貸しますよと。まあうっかり筆記具を忘れる人も1人か2人、筆記具なんてぜーんぜん持ってこないマヌケも2、3人はいるのだろうなどと思いながらヒマなのでぼーっと考え事をしていたら、その教官が、では筆記具を何も持っていない人は前に来て鉛筆を受け取ってください、と言ったとき、なんと受講室の半分以上の人が一斉に鉛筆を取りに席を立ったのだ。一瞬呆気に取られたがすぐに思い直した。普段私が打合せをしている人達がむしろ特別で、そういう人たちとだけ仕事ができるということを素直にありがたいと思わなければいけない、と。

それで思い出したことがある。以前会社勤めをしていたとき、東南アジアの国に技術指導ということで出張に行っていた。そこで始めのミーティングで、「今日の午前中は講義をするので全員会議室に集まって下さい」と言ったら、誰ひとりノートもペンも持ってこなかった。「うーん、そこらへんから教えないといけないのね」とまるで小学校の先生である。「今から講義をするけどノートは取らなくて大丈夫なの?」と聞くと、スタッフのひとりが恐る恐る言った「私たちまだノートもらってません」。そこで「ペンは持っているの?」「デスクにあります」「じゃあコピー用紙は?」「コピー機のところにあります」「じゃあそれとペンを持ってきたらメモが取れるね」「そうです」「じゃあ持ってこようか」でやっとみんな準備を始める。ちなみにやりとりは全部英語でお互い言っていることが分からないということはない。

運転免許試験場の風景はその思い出を見事にフラッシュバックさせてくれた。ああ今や日本も半分は発展途上国になったのだね、と。

でもその東南アジアの国のスタッフはみんな素直で、私が「講義のときは必ずノート、なければコピー用紙でもいいけど、かならずメモが取れるようにして集合すること」と伝えたら全員次から必ず紙とペンを持って集合した。今の日本はため口きいて言うこと聞かないのが多そうで、「必要ならそっちで用意したらいい」なて馬鹿が結構多そうである。そういう意味では日本は発展途上国以下かもしれない。

日本は何をまちがえたのか。「ゆとり教育」と「多様性の尊重」だ。これは間違いない。ゆとり教育は単に努力しない「怠け者」を量産化し、多様性は「わがままな馬鹿」を量産化したにすぎない。ゆとり教育も多様性も各教科ごと成績上位10%にのみ通用する手法で、ゆとり教育したかったら成績上位10%に入りなさい、とやるべきだったのだ。

学校教育といえば、もう一つ。以前取引のあったソフトウェア会社のリーダーの人と海外出張のとき食事をしながら話しをした。ちょうどウチの子の小学校受験のあとだったのだが、その人が言うには子供が小学校に入学するとき、近くの公立小学校で説明会があった、その時集まった多くの親の姿を見て、急いで私立の受験に切り替えた、と。その人が言うには「普段見ないけど、この人達はどこから湧いてきたの」と思ったらしい。

日本は今貧富の格差がどんどん進んでいる。同時に能力格差や教養格差も同じように着実に進んでいる。やがてこれが階級格差のようになって犯罪も増えてくるのだろう。階級格差は必ず犯罪を増加させる。なぜなら下の人は自分たちが下なのは搾取や不平等の結果で、社会は自分たちを守ってくれない。社会は上の方の人たちが自分たちに都合が良いようにしているから、と妙な原因説を流布する人たちの言説に簡単に乗っかり「そうだ、そうだ」となるからで、これはどうやっても止められないからだ。

さて、先の東南アジアでの出張の時、休日ヒマだったのでショッピングモールに音楽CDを買いに行った。クラシックは無理っぽいけどジャズならあるだろうと思い、店員に「ジャズはどこですか」と聞いたら親切にこの棚です、と教えてくれた。ずいぶん少なかったが、仕方がない、その中から探そうと思いタイトルを見て驚いた。いわゆるジャズは1枚もなく、ディーンマーチンとかフランクシナトラとかバリーマニロウのCDが並んでいた。仕方なく手ぶらで帰ったが、今思うに日本もこの先どんどんこういう風になっていくのだろう。つまりJ-popやらK-popやらAORみたいなのばかりになり、しかもそれらを配信サービスで聞き流すだけに。そうなるとまともに音楽を聴きたい人も音源を入手するのがどんどん難しくなるのだろう。


運転免許試験を出て地下鉄の駅に向かう途中に見えるアパート群。なんだかすごく不安な気持ちにさせる風景で、だから苦手なのかもしれない。