2022年7月31日日曜日

パラドックス

クレタ人はいつも嘘をつくとクレタ人が言った。
有名な嘘つきのパラドックスである。

これは説明は不要なくらい有名だが真偽の判定が不可能な例題として扱われている。

同じく「誤った2分法」というのがある。これは白でないなら黒だという誤った選択法のことだ。
わかりやすい例を挙げると「賛成でないなら反対ということだな」と言うもの。
賛成でも反対でもない場合が往々にしてあるが、誤った2分法では上記のようにそのような選択肢を与えない。

さらに数学的になるとゲーデルの不完全性定理というものがある。自己言及のパラドックスの数学版だ。

こうした理論を少しでも知ると、バカ言ってんじゃないよ、と思えることが世の中に数多く存在することがわかる。

例えば「A案かB案か、または他に何かありますか?」と言った問いかけは実に多い。
小学校の学級会から会社の会議でも、これのオンパレードだ。
これが非常に危険なのは、その場で皆が膝を打つような「他の何か」が出てこないならA案かB案のどちらかを選ぶことを強制しながら、表向きは合意して決定したことになるからだ。

そもそもすぐに別の良い案など出るわけがない。「えーと1週間ほど時間もらえますか?」などとは誰も言えない。言いにくい。なぜなら1週間後に皆が納得するような画期的な良い案を私が考えてくる、と宣言するように聞こえるからだ。

だからA案かB案に決まる。
他の選択肢の存在を証明できないならA案又はB案を選択すると言い換えても良い。

だが「証明できない」ということは、本来あるかもしれないしないかもしれないということで、決して「ない」と同義ではない。

さらにA案かB案のどちらが「やりがいがあるか」とか「おもしろいか」などとバリエーション展開することもある。

こうなるとさらにタチが悪い。なぜなら暗黙のうちににA案かB案のどちらかに見かけ上、賛同以上の好意を表明したような形で帰結されるからだ。

先のクレタ人の話にしても、実はこれはパラドックスなどにはなっていないのは周知の通り。

そもそも「全て嘘」というのは実は「全て真実」と意味的には同等で、間違いが許されないこういったシステムは実現不可能なのだ。

無理に作るとHAL9000のような運命が待っている。

だから達成不可能な前提条件を絶対条件にした理論など語るも無駄ということなのだ。
回答は往々にして「あやふや」でファジーでフラジャイルなものなのだ。だから意味があるとも言える。

そして、この「あやふや」や「証明できない別の選択肢」の中に本来選択すべき、が存在することが実に多いのである。

ところでHAL9000だが、難解と言われるあの映画だがアーサーCクラークは本作の前に「歩哨」という短編でそのアウトラインをすでに発表してあった。

もうすっかり内容は忘れてしまったが、その時感じたのは、2001は小説の最後の方の比喩的な表現とかキューブリックの映像で、何か哲学的な何かを表現した、みたいな話に勝手に盛り上がってしまったけど、まあそれで儲かるならそれでもいいや、だったのだろうが、そんなのではなさそうだ、ということだった。

この小説は小難しくなく、単なるファンタジーで、キューブリックもそのファンタジーの映像化そのものであり、哲学的な含みなど全く無いな、と。

人は死んだら星になる、というファンタジーをそれっぽく冒険SFの収束しないストーリーの結末にポンと付け加えた、と言うか置き換えただけだ。それがスターチャイルドで、その視点からは全てがファンタジーで地球での核戦争の閃光も花火のようでキレイなのだ。つまりそんなことどうでもいいのだ。星になり星の世界に価値観がシフトしておしまい。だから完全無欠のコンピュータもその暴走も、もうどうでもいいや、と放り投げた、というより考えるのやめた。というお話し。

ところが映画化であれだけ評判になると、あーだこーだが始まり、ああなってしまった。
私も高校生の時最初に映画館で観た時は、うーん?となったのを覚えている。

誰も「違いますよー、意味なんて考えるだけ時間の無駄ですよー」とは教えてくれなかった。数多い書評や映画評論も。

皆こぞって難解な映画にそれらしい妙な散文的なものばかりで、そしてそれらは皆、作品を無条件に礼賛するものばかりだった。
まあ面白い小説だし映画だったからね。

だがその後続編2010が出た時は笑うしかなかった。原作は読む気にもならなかったが映画は観た。2001から9年経ったはずなのに時代は80年代に戻っていて、しかもどうでもよかったHAL9000の故障の原因が映画のテーマになっていた。その原因も何かこう後付けで幼稚、高校生のSF研究会が放課後みんなで話し合って決めたようなものだった。

あー、「2001」に真面目に付き合わなくてよかった〜と思った。

2022年7月28日木曜日

お散歩写真、新宿

新宿に用があって出たついでに写真を撮った。

今日もDP2merrill。このカメラは基本的に風景専用のカメラといっても差し支えないだろうが、さらにどちらかというと明るい日なたより日陰が得意だ。

もちろんポートレイトに使えない、モノ撮りに使えない、という訳ではないのだが結構ストレスがあるのは否定できない。
さて、最近雨の日が多かったが、久しぶりの晴天、真夏の太陽がギラギラしている。気温も非常に高い。
そんな所はちょっと苦手なDP2merrillだが、まあ試してみるのはよいだろう、と持って出た。

撮影はすべてRAW+JPEGで、基本JPEGは確認用として、今回はRAWをSPPで現像しphotoshopで仕上げた。

うっかりISO感度を400のままで撮影してしまった。その他の設定もあまり考えずに撮ってしまった。
反省である、まあ暑さのせいということにしておこう。

ISOは100で絞りは5.6か6.3くらいが適正だったね。
おかげでSPPでだいぶ手を加えることになった。それでも白飛びしないところがたいしたもの。

DP2merrill f3.5 1/1250 ISO400




DP2merrill f3.5 1/1250 ISO400




DP2merrill f3.5 1/1250 ISO400 SPPでモノクロームに変換



DP2merrill f3.5 1/1250 ISO400









2022年7月12日火曜日

お散歩写真、品川

今日のお散歩写真は先日出かけた品川シーサイド。

娘と一緒に写真の練習。私はSigmaのDP2merrill。
このカメラは換算45ミリレンズの単焦点なのでアングルに工夫が必要になる。
ズームレンズなら大きさの調整もできるので自由度も高い、カメラを覗きながら写す範囲を決めることができる。それはそれで楽しいのだが、単焦点では全くやり方が違ってくる。単焦点での風景写真は画角が決まっているので、カメラを向ける前に常に「これくらいの範囲が写る」と頭に置いといて、その画角に合わせて被写体を選ぶようにして歩く。もちろん近づいたり離れたりして写す範囲を調整することはできるが、景色の場合は移動による調整は限定的なことが多い。

例えば富士山、もっと大きくと思ったら単焦点では車で何キロも移動する必要があり、現実的ではない。そうこうしているあいだに陽が沈んでしまう。

だから単焦点では例えば富士山なら、大きさは変えられないので、他に何を一緒に写すかを考えた方が現実的だ。これならそれほど移動しなくても済む。

街並みならもっと自由だ。いろいろあるものを組み合わせてどう撮るか、そこが単焦点の風景写真のおもしろさだろう。

常に画角を頭に入れて、散歩し、立ち止まって撮影し、また歩く。お散歩写真の楽しみ。

また下の例の1枚目や2枚目のように、飛行機や人の動きを見て、ここに来たらシャッターを押そう、というのも有効だ。

画角とともに、シャッターチャンスを考えながら歩く。初めはうまくいかない、気がつかないで通り過ぎる。だが続ければかならずうまくいくようになる。

さて一緒に来た娘はいつものオリンパス。最近はこの手の写真はもう十分上達したので、私からアドバイスは必要ない。時々見せてもらって「いいね」と、それだけ。

カメラを買ってあげたのが去年の5月頃だったかな、出かけるときにいつも持って出て、撮り続ければ1年で普通に良い写真が撮れるようになる。要は続けることだ。
でもまだ「瞬間の切り取り」は難しいらしい、もう少し練習かな。

で、今日の写真は、RAW現像なしで、カメラ生成のJPEG。

DP2merrill f/4 SS1/800 ISO100




DP2merrill f/4 SS1/1250 ISO100



DP2merrill f/4 SS1/1000 ISO100




DP2merrill f/4 SS1/25 ISO100



帰りにジャスコだったかサティだったかで買い物。でも何だろう、あまり好きではないな、この雰囲気。どうしてだろう?

ではなぜ買い物したかというと、ここのカミソリが良いから。家の近くの同じ系列のスーパーにも以前はあったのだが、先日ストックがなくなったので買いに行くと置いていなかった。
なのでついでに買って帰った。




2022年7月11日月曜日

イラストレーターの初期設定フォントの変更



イラストレータの初期設定フォントは「小塚ゴシック」となっている。
べつに小塚さんに恨みはないが、初期設定フォントを簡単に変更できないのは困ったものだと思っている。だが方法はある。

今日はadobeイラストレーターの初期設定フォントの変更方法について。

その前に初期設定フォントの「小塚ゴシック」について。
理工学系の文章を扱うデザイナーで小塚ゴシックを使う人はかなり少ないと思う。理工学系に限らず「小塚ゴシック」は使わない、という人も多い。それもわかる、私もそのひとりだから。
まずは簡単にその理由について。
比較するのは「小塚ゴシック」と「ヒラギノ角ゴ」。
理工学系文書で私が使わない理由から。
円の直径を表す「φ」、アルファ、ベータ、ガンマのガンマ「γ」の形が特殊。
また、算術記号の「+」「−」「×」のサイズがまちまち。


あまり気にしないで使っている例を見るが、例えば「直径10m」を

とあるべきところを

と表示して違和感を感じないのだろうか、と不思議に思う。
ちなみにギリシャ文字のファイが上記のように2種類あるのは問題なく、ファイという文字としては小塚ゴシックも間違っているわけではない。問題は円の直径を表す記号としてのファイである。
これが四角形の話なら問題なかった。□であれば、□50で何かと間違う心配は皆無だろう。
だが円の直径を示すのに○を使うと0(ゼロ)やO(オー)と間違える。
そこで棒を加えて表すこととした。よく数字の0(ぜろ)の中に点を打ってO(オー)と区別するのと同じ考え方である。
この棒を加えた○の代用にギリシャ文字のファイを代用できるため今では直径をファイと表現するのが一般的となった。ただし、あくまで○に棒の代用なので、ファイならなんでもよいと言うわけではなく、小塚ゴシックの文字形状は正しいとは言えないということである。
ときどきあまり気にせずに小塚ゴシックと同じ形のファイを数式組版で使っている例を見かけるが、これは間違いである。

また「+」「−」「×」の他にも、式の中で大きさがまちまちの算術記号を使うのは、私には考えられない。見た目のバランスが悪いし、わかりにくい。
数式はもっとエレガントであるべきだ。
ヒラギノ角ゴと異なり小塚ゴシックは大きさがあまりに異なりバランスが悪い。
似たような記号でこんなに大きさが違うものを同じ数式の中に使うのはいかがなものだろうか。

つぎに「ひらがな」のプロポーションについて。

私は「ひなさましきち」、略して「ひなさま問題」と呼んでいる。小塚ゴシックのあまりバランスの良くないひらがな7文字である。







まあ「ひらがな」に関しては好みの問題もあるので一概にどうとは言えないが。
メタボな「ひ」、てんの向きがビミョーな「な」、独特のプロポーションの「さ」、へんてこな返しのついた「ま」など、そして共通するてっぺんの「ハネ」など、どうなのだろう?
少なくとも私は好きではない、だから使わない。

最後に私は絶対使わない小塚シリーズだが、数字は見やすくキレイなのでノンブルには良い。だが仮にノンブルに小塚ゴシック使うと、間違えて、または他の人が作ったデータを読み込んだときにフォント検索で小塚ゴシックを見つけて変更、というのが面倒になる。
だからもし小塚ゴシックが初期設定フォントでさえなかったら、もう少し使えたのに残念である。

さてさて、前置きが長くなった。別に「小塚ゴシック」を貶すためにこの記事を書いているわけではない。

問題は、adobeイラストレーターの初期設定フォントが「小塚ゴシック」固定で、ドキュメントを新規に作るたびに「小塚で作りましょ〜」となる点だ。
そこを変更する。
その方法を紹介する。

Macの自分のユーザフォルダを開く。
「ライブラリ」フォルダを探す。もしない場合は非表示設定となっているので、表示に変更する。
Finderで、ユーザフォルダをアクティブな状態で、メニューバー>表示>表示オプション
を選ぶ。

”ライブラリ”フォルダを表示にチェックを入れる。


ライブラリフォルダを開く。
ライブラリ>Application Support>Adobe>Adobe IllustratorXXを開く
XXはバージョン番号。
ja_JPフォルダの中のNew Document Profilesを開くといくつかAIのファイルがある。


たとえばイラストレータで新規ドキュメントを作るときのプロファイルに「プリント」を使うなら、ここで「プリント.ai」をダブルクリックしてイラストレーターで開く。

ただし念のため、先に予備をデスクトップにコピーしておく。
「プリント.ai」をイラストレーターで開いたら、
メニューバー>ウィンドウ>書式>文字スタイルを選択する。


「標準文字スタイル」をダブルクリックする。


基本文字形式でフォントファミリーを「小塚ゴシック」から好きなフォントに変更し、OKをクリックしウィンドウを閉じる。

メニューバー>ファイル>別名で保存、を選択し、もとのファイルの上書きを行う。
(直接の上書きはできないようになっているので、別名で保存を選び上書きする)

これで完了。
adobeイラストレータで新規ドキュメントを作成し、そのときプロファイルを先ほど上書きしたものを選ぶ。
文字ツールにある初期設定フォントが「小塚ゴシック」から先ほど選んだフォントに変更になっているはずだ。
うまくいったら、デスクトップにコピーしておいたファイルは削除してかまわない。


さて、この初期設定フォントの変更だが、サイズなども変えることができるので、自分でよく使う文字サイズを選んでおくのもよいだろう。