2024年1月24日水曜日

女性ポートレートの撮影

 仕事はかなり忙しいのだが、CGムービーのレンダリング計算中は少し時間がある。気分転換に昔撮った女性ポートレート写真の再現像とレタッチ、そしてプリントをしている。今日も何枚かプリントした。

今日は再現像しながら気がついたことを書こうと思う。


女性ポートレートに限らず写真を撮影するときは、「対象」、写真用語で言う「被写体」をよく観察することは言うまでもない。女性ポートレートなら「この人はどんな表情がいいのか」そのためには「どんなことを考えてもらうか」。そしてそれを「どの角度から撮るか」。

このうち、どんなことを考えてもらうか、というのがコツがある。ストレートに「悲しいこと考えて・・」などと言ってもそうはうまくいかないことが多い。役者じゃないしね。だから変なジョークを言って吹かせて、それが落ち着いた顔に戻った瞬間に撮ったりする。駆け引きが大切なのだ。こう言っては反感を買いそうだが「笑わせることができないようではモテないし写真も撮れないのだ(きっぱり)」。

また、これは以前書いたが、私はあまりカメラ目線の写真は撮らない。ネットでよく見るつまらないカワイコチャン写真になってしまうから。

ではどう撮るか。

私は「対象が自分のまわりに磁場を発生させることが大切で、その磁場をどう撮るのかがポートレート写真」だと堅く信じている。カメラ目線では磁場は発生しない、なぜなら視線が勝ってしまうから。磁場はフラジャイルなのだ。

あと対象を「キレイに」とか「可愛く」撮ってあげよう、というのは気持ちはすごくよくわかるが、でもたいていつまらなくなる。キレイと可愛いには物語がない。物語のない写真は薄っぺらい。だからつまらない。キレイとか可愛くではなく物語とともに魅力を引き出すのが恣意的なポートレート写真である。断じて「可愛い=魅力的」ではない、少なくとも写真では。スナップポートレートは性格を、恣意的ポートレートは物語を撮る、磁場をからめて。「どう撮ろうと勝手だろ」と言う声が聞こえてきそうだが、そうではないのだ。

それで思い出した。少し脱線するが、たとえば最新型の高級カメラを買ってそれで自分の住んでいる共同住宅のベランダから遠くの送電線を撮って、それをパソコンで等倍で見てどこまで解像するか見て楽しんだり、マクロレンズを買ったらお札の一部を拡大して撮影し細部がどこまで撮れるか見て楽しんだりとか。そして趣味なのだから自分の好きなようにしても「よい」、とか、とか、とか。これ本当にそうだろうか。もちろんダメではない。だがダメではない、という消極的な「よい」だけである、私はそう思う。

そうそう、中国人はマナーが悪い人が多いがそれは、それをしたら罰がありますよ、ということ以外はやってもいいこと、という文化があるかららしい。これは私が言っていることではない。だから例えば企業研修なで外国人に技術を教えても中国人は研修後残る人が他の国の人に比べて圧倒的に少ない。やめても罰則がないなら身につけた技術で有利に転職するのは当然と考えるからだ。禁止されていないならよいということ、という考え方だ。

趣味だから自分の好きなようにしても「よい」でしょ、という考え方とロジックは同じ。だがこう言うと、次のような反論があるだろう。「先の研修生は研修先に迷惑かけているけど、私は誰にも迷惑はかけていない」と。あのね〜だからロジックは同じだと言っているのだ。「人に迷惑かけなきゃよいでしょ」という考え方のことを言っているのだ。

つまり自己満足の「よい」は落とし穴であって、そこに落ちたらダメで、常に落ちないように気をつけるべきなのだ。少なくとも私はそう信じて疑わない。

さて、話をポートレートに戻そう。恣意的なポートレート撮影は物語が大切、というハナシだった。難しいことを言っているようだが、そうでもない。要はこの人はこういう状況になったらいい顔するなぁ、というのを探せばいい。こういう状況というのが物語であって、私が勝手に思っていることなので、モデル本人はそんなこと、ちいとも思っていないかもしれない。それでかまわない。私の写真なのだから。

ただし撮影時にあまり注文をつけるとたいていうまくいかない。だから撮りながら「あっち見て」とか「あっち見たまま目線だけ落として」とかは指示する。うまくいかないときは具体的に「窓の外を見て、そう、そのまま視線を床に落として。あ顔も下がっちゃったね、もう1回、まず窓の外を見て、そうそうそのまま顔を動かさずに目線を少し下げて、もうちょい」とそんな感じで。だから撮影は私も疲れがモデルもかなり疲れる。だから撮影は10分から15分ごとに休憩を取る。タイマーで計っている訳ではないが、たいていそのくらいで休憩を取りたくなるので、なりゆきで。

それで撮影しながらある程度いい感じになってきたら、ディテールにも少し気をつかうようにする。たとえば手の向きやカメラを少し位置を変えてみたり、と。私の場合左手で指揮者のように音頭を取りながらカメラを右手だけでホールドして撮影することもとても多かった。絶対ニコンは使えない、というのは冗談だが、試しに以前ニコンのD2でできるか試したことがあったが全く不可能だった。重くて。フォーサーズは性能はイマイチだったが安くて軽かったのでいろいろ楽しめた。

では、ハナシが長くなりすぎたのでここで何枚か写真を紹介しよう。1枚目は遠くを見てもらって、いい感じになったので撮影したが、目線そのままで少しだけ顔をこちらに向けてもらってがいいかも、ともう1枚撮影したが残念、最初の方がよかったな、の例。

Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/40 ISO100


フォーサーズでもこのレンズだとちょうど良いボケで十分使えた。それでもう少し顔を・・・と2枚目

撮影条件同上


クチビルや目の感じは良くなったと思ってシャッターを切ったが、あら残念、磁場とともに物語が弱まってしまった。

2枚目、なんてことのない表情なのだがほら、物語があるでしょ。でシャッターを切った。

Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/40 ISO100


で特に注文をつけることもなく見ていたらわずかに表情が変わった。

撮影条件同上


さらにけだるい雰囲気が増して、これはこの日のベストショットの1枚に。そうそう、キレイにでも可愛くでもないが魅力的な写真、これが私の目指すポートレート写真。

最後にもう1枚

Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/50 ISO200


同じモデル。オリンパスE-420のように安いカメラでもこの程度は撮れた。
f1.4のこのレンズは少し高かったがそれも8万円くらいだったような。
ただし、RAW現像とPhotoshopによるある程度のレタッチは必要だ。





2024年1月21日日曜日

ポートレートの現像とレタッチのつづき

 昨日やりかけて中止したポートレートだが、今日どうも仕事がのらないのでサクッと仕事を切り上げ、現像の続きをすることにした。少し気にもなっていたので。

Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/40 ISO400



いい感じに仕上がった。

それでもう何枚か同じモデルの写真を現像とレタッチをすることにした。写真編集も仕事も調子が良いときにどんどん進めるのがいい。ダメなときはサクッとやめる。

今日は試しに大きなサイズでのプリントを前提に画像補完しながら現像とレタッチをしてみた。

Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F2.2 1/60 ISO400





Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/60 ISO400




Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/80 ISO400




Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/80 ISO400




Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/50 ISO400




Olympus E-420 + LEICA D SUMMILUX 25mm F1.4  F1.4 1/13 ISO400




2024年1月20日土曜日

ポートレート写真の編集とプリント

 

ポートレート今回見送りになった写真


書斎の壁には4枚女性ポートレート写真が貼ってある。毎年1月に模様替えとして一部を取り替えてきた。去年は確か4枚とも全部取り替えた覚えがある。でも今の写真はまあまあ気に入っているので今年は1枚だけ交換、もう1枚はRAW現像をやり直して再プリントすることにした。上の写真は気に入っているのだがどうも顔色が悪く、ちょっと調整に時間をかけた方が良さそうなので今回は採用を見送ることにした。仕事が忙しいので。

書斎のポートレート写真-1


この写真は変更しない。正確には写真と言うよりグラフィック作品である。写真に大幅に手を加えている。制作のプロセスは以前ココで紹介した。

今回変更するのは次の2枚。1枚目はコンピューターの作業デスクの近くに飾ってある。ここは作業場所なのであまり色のある背景の写真は置きたくない。なのでこの写真にした。

書斎のポートレート写真-2


この写真はシグマのDP2merillで撮影したもの。このカメラはこういう写真で本領を発揮する。

もう1枚はこの写真

書斎のポートレート写真-3


この写真は変更するつもりはなかったのだが、少々画像が眠いのが以前から気になっていた。撮影はフォーサーズのE420でレンズはパナソニックのズミルックス25mm。この組合せでもピントがきちんと合っていればA4サイズまでは問題なくプリントでき、A3でもまあまあイケる。だがA2サイズだと少々辛い。そこでRAW現像の時、AI補完をかけると8割くらいの確立だが良くなる。
今回はAI補完やAIノイズ除去など最新のソフトウェア技術を使って再度画像を生成しプリントしてみようということになった。

ということでまずはRAW現像から。Adobe PhotoshopプラグインのCamera RAWを使う。ちなみにCamera RAWでのAI処理は「強化」といい、AI補完による解像度アップとAIノイズ除去が選べる。ただし両方同時は選べないので、E420の場合は解像度アップを選ぶことが多かった。だがこの写真はISO感度が400での撮影なのでノイズも気になっていた。そこで前回はAI解像度アップ+ノーマルノイズ除去という組合せで処理してプリントしていたのだが、前述の通り少々眠い。
そこで今回はCamera RAWではAIノイズ除去をしPNGで一旦保存し、これをTopazで4倍まで補完し解像度を上げ、若干シャープネス処理も合わせて実施し、保存する。10000ピクセルを超えるデカい画像になる。これをPhotoshopで開き解像度を7000ピクセルまで落とすことにした。正方形にしたいが人物はトリミングしたくないのでPhotoshopの「コンテンツに応じた塗りつぶし」で背景を延長し、不自然な部分はレタッチした。
次に軽く自作のソフト処理をかけレタッチ終了である。
かなりいろいろやっているが、かかった時間は全部で15分くらいである。Photoshopは長年使っているソフトなので編集の方向性も操作も慣れたもの。よほどのことがない限り1枚に30分以上かかるようなことはない。

一部を拡大 左が前回、右が今回


次に、作業デスクの前の写真、これは全く新しいものに交換することにした。
撮影はパナソニックのGX7でレンズは上と同じズミ25ミリ




この写真の撮影に使ったGX7は明らかにE420よりピントもよく合うし画質も良かった。こうしてAI補完すればA2サイズでも全く問題ない。まあE-420は古いカメラなので比較しても仕方がない。

さてできあがった画像をまずはチェックを兼ねて2枚ともA4サイズでプリントする。色合いをチェックするのが目的だ。ディテールはモニターでもチェックできる。だが質感と色はモニターでは限界がある。なのでA4サイズでテストプリントする。
そして最後にA2サイズでプリントする。
プリンターはEPSONのPX-5002、A2サイズまで対応する。

プリントのコストは以前試算したことがある。A4サイズならセミグロスペーパーでインク代と合わせて150〜250円くらい、A3ならその倍で300〜500円、A2はさらに倍で600〜1000円。値段に幅があるのはインク代は画像によって大きく異なるため。白っぽい背景に比べ色のある背景や特に黒い背景だとすごくインクを消費する。またA4サイズはテストプリントなので色合いを見ながら何度かプリントすることが多い。プリントエラーもたまにはある。結局1枚の写真をA4プリントから始めて最終的にA2で仕上げるとなるとプリントにかかる費用はトータルで2000円くらいだろうか。

さて、プリントした写真は十分に乾燥させる必要がある。書斎にはプリント用の物干しがあるので、そこに吊るして一晩おく。
乾燥中


湿度にもよるが一晩で完全に乾く。このあとカットして額装、A4サイズはボックスに入れておく予定。

翌日、さっそくカットして額装した。

作業デスク前の写真入れ替え




現像し直しプリントした写真



これで完了。






2024年1月19日金曜日

ポラロイド風写真

 最近、フジのFinepix Zというおもちゃのようなデジカメを使っている。購入した正確な時期は覚えていないが、私の書いた製品レビューが残っていた。2013年9月だった。つまり今から10年前である。購入金額は7千円だったらしい。どうして購入したのかは覚えている。カミさんが日常スナップを撮りたいので大げさでなく安くてコンパクトなカメラが欲しいと言ったからだ。それで結構使ってくれていたが、その後i-phoneを使うようになってからは出番が完全になくなり引き出しにしまいっぱなしになった。私も長いこと忘れていた。

先日カミさんが引き出しの整理をしていたら出てきて、もう使わないというので引き取りバッテリーを充電すると無事起動し撮影もできた。しばらく充電し時計を合わせ、テストで撮影した写真をMacで開いてみると画質は良くなかったが逆にそれが味になっていておもしろいと感じた。

カメラでもコンピュータでも何でもトレンドは最新型、高性能である。だが使う人間がついていけないことも多い。そうなると人が機械に使われたり、高性能を持つ喜びが目的になったり、機械まかせが一番なんてことになったりする。どれも私には不自然に見える。そんな時代にこのカメラ、これはこれで楽しい。ポラロイドみたいだ、とも感じた。

先週だったか、ヴェンダースの映画「都会のアリス」を久しぶりに観た。1973年公開の16ミリ撮影の映画。ヴェンダースと言えば有名なのが「パリ、テキサス」と「ベルリン天使の詩」だろう。前にも書いたがこの「天使の詩(うた)」という恥ずかしい邦題を考えた人は一体誰?。

この2本の映画ももちろん良いが、私が一番好きなのはこの「都会のアリス」。残念なことに日本語の字幕の入ったDVDは結構高いし、BDは出ていない。そこで英語字幕入りを海外から購入した。この映画、画質はなにしろ16ミリの白黒である。Blu-rayにする意味はあるのだろうかというレベル。だがそれがかえって味となっているかのようないい映画なのである。

さて、この映画で主役のリュドガー・フォグラーはジャーナリストでポラロイドを使っている。

映画の冒頭からポラロイドの出番は多い。

映画「都会のアリス」から


アリスという少女と出会ってからしばらくして、アリスがフォグラーのバッグからポラロイドを取り出してどんな顔しているか写してあげる。とフォグラーにカメラを向けるシーン。

ああ、この頃のポラロイドっていいな、と思う。昔使ったことがあるが、中学生の頃だろうか、1枚200円は当時の中学生には少々高すぎた。

ポラロイド社は今でもインスタントカメラを販売している、日本のフジもチェキやインスタックスだったかな同じような撮影してすぐプリントのカメラを販売している。残念ながら全く欲しいとも使いたいとも思わない。デザインが私の好みではないからだ。おじさん用インスタックスみたいなのも出ているが全くオハナシにならない。上の映画の写真をみてほしい、この折りたたみ式のポラロイドがいいのである。ポラロイド社が真面目にこれを進化させていたら、2/3くらいのサイズで厚さは半分くらいにはなっていたであろうから残念だ。

だから今回発掘したこのフジの古いデジカメでポラロイドもどきをしてみることにした。

フジのFinePixZ





カバーをスライドしてスイッチが入るのもなかなか良い。ちなみに画質はi-phoneSEの方がだいぶ良いので、そういう意味では使う意味は全くない。

だが前述のとおりその悪い画質が良いのである。最近コートのポケットに入れて持ち歩き、なんてことのない写真を撮っている。
欠点は撮影の設定にアスペクト比1:1(正方形)がないことだ。まあ仕方がない。撮影の時は両端はカットする前提で使うことにした。そして家でPhotoshopの自動処理で正方形にトリミングするようにした。バッチ処理でまとめてすべてを簡単に処理もできる。
今日、少し手を加えStudioSSのマークと周囲を黒く縁取りするオプションを加えてみた。ちょっとわざとらしいが、まあいい、しばらくこの設定でいこうと思う。






買い物ついでの散歩で何も考えずにポチっと撮影するのがいい。


仕事をしながら飲んでいるレモンティー




あとは日常の記録みたいな感じで使うのもいい。仕事をしながら飲むレモンティーを撮ってみた。仕事場は天井照明がなく、スタンドとブラケットなのでかなり暗いがこんな感じでは写るのでまあまあである。
ちなみにこのレモンティーは我が家では「れもんちー」と呼んでいる。紅茶はリプトンだしレモンはスライスした物を冷凍しておいて使っているなんちゃって紅茶だからである。茶葉をポットでいれた紅茶には遠く及ばないので「れもんちー」。仕事のときはこれでいい。



2024年1月12日金曜日

黒豆


正月は毎年同じだが、休みを取るのは元旦だけで2日からは仕事をしている。おせち料理などはもう何年も作っていない。時間がないのが主な理由だが、そもそもあまり好きではない。なぜこの寒いのに冷たい料理ばかり、というのが好まない理由である。なので毎年数の子とカマボコだけ買って、黒豆を煮る。それだけ。

で、元旦の朝食は塩抜きした数の子は一味唐辛子をかけたしょうゆをちょいとつけ削りたてのかつお節をパラパラとかけて食べる。昨年末は仕事が忙しくなかなか買い物に行けず、ようやく大晦日になってスーパーマーケットに行ったら数の子は味付きのしかなく、カマボコも白しか残っていなかった。しかたがなくそれらを買って、もう1件スーパーマーケットにいったらそこには塩数の子カマボコもあったのでよかったのだが、味付きの数の子は家族みんなから不評だった。まあそうだろうとは思っていたのだが・・・微妙に甘いのとうまみ調味料が入っているのがその理由だ。水洗いしても微妙に残って食べていて気持ちが悪い。うーん。

さて、紅白揃ったかまぼこをキレイにスライスして皿に並べる。雑煮はかつお節で出汁を取り、大根の薄切りを別の鍋で下ゆでし白菜の白い部分を除いたつまり青い部分を出汁で軽く煮て、餅は焼いてから出汁とは別の鍋に少しの出汁で弱火で少し煮て柔らかくして、出汁の鍋から白菜を器に入れ、別鍋の餅を入れ、出汁をたっぷりかけ、大根の薄切りをいれ、この上にたっぷり三つ葉ををのせて食べる。雑煮は汁が濁ってはだめだし、野菜の甘みが出汁に出るとクドい。澄んだ出汁と軟らかい餅、これが器にベターっとくっつかないように敷いた白菜とで実に美味いのである。雑煮のあとに厚焼きたまごを作った。これは娘の大好物なので。

そして最後に黒豆を食べる。

さてその黒豆だが作り方は超簡単なのだが、今年は失敗してしまった。大晦日忙しかったので煮詰めるとき目を離して煮こぼしてしまった。やれやれ。でも家族みんな文句も言わずに食べてくれた。だが私としてはやり直したい。そこで1月4日にスーパーマーケットでもう一度黒豆を買って再挑戦。だがなんと言うことだろう。またしても煮こぼしてしまった。これもみんな文句も言わずに食べてくれた。だがこうなるともう意地である。家族に聞くと黒豆はコーヒーのお供にもいいので、別に正月に限らず作るのは賛成らしい。そこで翌々日再びスーパーマーケットで黒豆を買い、再々挑戦。今度はうまくいった。よしよし。

で、3回も作りながら実は考えていたことがある。黒豆は煮るときまず手鍋に水とザラメを入れ沸騰させザラメを完全に溶かす、このときしょうゆを少し加える。どの料理本にも黒豆の袋にもそう書いてある。そこにさっと洗った黒豆とよく洗ったさび釘を入れて煮る。クッキングシートで落とし蓋をして鍋の蓋は少しずらしてIHヒーターの弱火でコトコト煮る。コツなんてない。 1回目の煮こぼしてしまった黒豆は標準的な作り方でしょうゆは大さじ1。でもしょうゆ風味が少し気になったので、2回目はしょうゆ大さじ1/2にして塩も入れなかった。そしてうまくいった3回目はしょうゆは小さじ1弱で塩はなし。どうもしょうゆが多いと田舎くさい味になるような・・・。

で、今日4回目の挑戦として、しょうゆや塩を全く入れずに作ってみることにした。今回もうまくできたが、まだ熱いので明日、味見をしてみよう。しょうゆや塩を全く入れないとどうなるか。楽しみである。

さて、今日は買い物ついでに少し散歩。お散歩デジカメを持って歩く。撮影モードに正方形がないのと色のりが悪くコントラストが低いのをphotoshopのバッチ処理で正方形トリミング、リサイズ、色調補正を自動で処理できるようにした。


Photoshopのバッチ処理はとても便利だが、使わない人も多い。去年友人から設定の方法を聞かれ、YouTubeに設定のプロセスをアップしてあげたら、とても喜んでいた。1枚ずつ手動で調整するのに比べ、処理時間は1/100になる。おおげさではない。本当に/100になるのである。ただし画像を見ながらの調整ではないので、たくさんのファイルに同一処理をかける用途に限られるのは言うまでもないが。
例えばPSDで保存してある写真をリサイズして色空間をsRGBに変更しJPEGでWEB用に保存する、なんて手動でやったら1枚1分くらいかかるが、バッチ処理なら10枚でも数秒で終わる。友人のリクエストは、PDFの文字画像をラスタライズして文字色を青に変更し背景無しのPNGで数百枚書き出すというものだった。数時間の作業が数分で終わる。

今年はこの安いデジカメで写真日記でもつけてみようかと思っている。なにしろ10年前に新品で7千円のカメラである。いつ壊れても不思議でない。カメラが壊れるのが早いか、私が飽きるのが早いか、どうだろう。

さて、黒豆だが翌朝さっそくみんなで食べてみた。しょうゆや塩を加えずにザラメだけで煮た黒豆。甘さの中に清涼感があって良かった。豆の風味も生きている。家族みんなこれがいいと。これからはこの方法でいこう。どうもこの黒豆にしょうゆというのは、スイカやトマトに塩をかけるような風味で、あの味付き数の子と同じだということがわかった。ウチは全員こういうのが嫌いである。
今回失敗したおかげで気がつくことができたとも言える。まあよかったとしておこう。