仕事がないままゴールデンウィークに入った。今日は5月1日で製造系の会社は休みのところが多い。また連休明け5月の7、8日の休みを取る人も多いし、連休明けにすぐ仕事の依頼が来ることはまずないので、少なくとも11日の週まではヒマな状態が続くだろう。
つまり珍しくゴールデンウィークは休みなのである。ただし先日書いたように足の関節を痛めてしまったので遠くに出かけたり、改修工事などはちょっとむずかしい。もうだいぶ傷みは引いたが油断は禁物で、関節炎はとにかく安静にするしか治癒の方法はない。
というわけで連休中、何をしようかと考えている。まずは久しぶりにお香を焚いて買っておいたウィスキーを空けてチビチビやりながら考えることにした。音楽は先日届いたヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルのムネモシネ。
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| お気に入りの竹のお香 |
お香はミニ火鉢のような香炉で焚く。お香用の香炉は穴の空いた傘ような形状のものが多いがあれは中がススでベタベタになるので、こういう香炉の方が好きだ。どのくらい残っているかもひと目でわかる。また佇まいもいい。置いてある場所がスピーカーの上なのがちょっと・・だが、ここは現在改修予定である。なので当分はこのままである。
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| グレンリベット |
ウィスキーはグレンリベットで、これは大のお気に入り。グレンリベット以外のウィスキーを買うことはほとどなくなった。だが昨年秋以降ずっと忙しく、ウィスキーどころではなかったのですごく久しぶり。
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| ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブル「ムネモシネ」 |
そうそう、ヒリヤードアンサンブルのCDはヤン・ガルバレックとの共演以外にも何枚も持っている。
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| ペロタン |
なかでも好きなのがペロタンで、ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルとは違って教会色が強いがこれはこれでたまに聴くのはいい。特に手前の黒いジャケットのCDは大のお気に入り。
私の音楽の好みはクラシック音楽は中世からバロックまでと近代から現在までの間が好きで、その途中は比較的手薄になっている。特にロマン派の作曲家のレコードやCDはとても少ない。シューベルト、ショパン、メンデルスゾーンなんて1枚もないかもしれない。いやショパンはピレスのがあったかな、でもあまり聴かない。
ちなみに「現在」と書いたがこれは「現代音楽とそれ以降」という意味である。
ひとつには仕事をしながら聴くには中世〜バロックや近代〜現代〜現在というのがBGMとしては最適だというのが大きいがそれだけではない。誤解を恐れずに言うと構成がはっきりしていてシンプルなのが両者の共通事項と私は感じている。中世〜バロックがそうなのはそうだろうが現代音楽はそうかな?と思えるかもしれない。現代音楽を含むモダンアートは絵画なども含め、芸術が持つ様々な要素を分解しその一要素を取り出したりしたものが多い。したがって難解のように感じるかもしれないがシンプルなのである。取り出した一要素を際立たせることで成立するので構成もシンプルであまり重層的ではない。そのシンプルさが仕事をしながらに快適なのである。
モダンアートの特徴としては上記に加え、従来的手法とは異なる構築方法を使う、と言うのもある。特にモダンアート後期はその傾向が圧倒的に強い。たとえば音楽であれば意図的に不協和音を用いたり、音階を壊したり、偶然性などを取り込んだり。だがこの新しい構築方法というのはモダンアートの実験としての面白さを提供してくれたと同時にモダンアートそのものを終焉に導いてしまった。まあ壮大な実験を目の当たりにできて私自身とても楽しめたのでよいが、これをあんまり体験しなかった人たちは実にもったいないことをしたのでは、と本気で考えている。科学でもアートでも実験に立ち会うのは楽しいものである。ただし同じ実験を何度も見せられても楽しいものではない。これがモダンアートの最大の問題点だった。つまり常に今まで誰もがやらなかっとことやること、探すことがモダンアートの唯一の命題になりその終焉は沈黙と消失という究極の回答でもたらされることになったのである。
従ってモダンアート終焉つまり臨終の正確の年を言うことができるのである。
現代音楽の臨終は1952年で、ジョン・ケージの「4分33秒」がニューヨークで初演されたとき
モダンアートの絵画の臨終は1953年で、ラウシェンバーグが「消されたデ・クーニング」が製作した年
ついでに言うと現代建築(モダニズム・アーキテクチャー)の臨終は音楽や絵画からずっと遅れて1972年ミノル・ヤマサキの「セントルイスの集合住宅」が爆破され取り壊された年である。
もちろんモダンアートやアーキテクチャーの死後も音楽は作られ、絵画や彫刻も作られ、建築も作られている。だがそれらは壮大な実験や理想主義の終焉のあと、ちょうどSF映画にあるような世界戦争で人類がほぼ滅びたあとの物語のようで、集落によってその生き様はバラバラなのである。もちろんソレ自体悪いことでも何でもなく、むしろそれがヒトの営みとして自然なのかもしれないし私自身好きな作品もとても多い。だが狂ったように突き進んだあの当時のムーブメントは眺めているのが、いや正確にはリアルタイムエイジではないのでその大部分はトレースしたといった方が正確だが、実におもしろかった。そう、トレースで十分楽しめるのだから極端なハナシ今からでも間に合うのである。そしてリアルタイムでないことが良い方向に作用することもある。中世の音楽と現代音楽の死後の世界の間を光速で行ったり来たりできるように。
メシアンの「天上の宴(Le Banquet céleste)」のあと、ヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルの「ムネモシネ」を聴き、次に800年もすっ飛んでいき12世紀の「ペロタン」を聴く。そしてふたたび戻ってきてグラスの「フォトグラファー」。そこに800年の年月の隔たりはなく、さながら昨日と今日なのである。
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| フィリップ・グラスのCD |
さて、ゴールデンウィーク、結局は掃除と散歩で過ごすことになった。掃除の日の次の日が散歩、そしてまた掃除の日と交互に。年末に仕事が忙しくて大掃除ができなかったので、今やることにした。やりながら思う。暮れの寒いときより今の方が掃除にいいのでは?と。換気しても寒くなく、お湯の出もよくジャバジャバ洗える。半袖のTシャツで作業もしやすい。おまけにこの時期どこに行ってもたいていヒトが多い。掃除ならそんなの関係なくできる。
で、次の日の散歩、最近散歩で良く行くのが光が丘公園。地下鉄で一本で行けるし、連休でもそれほど混んでいない。そこで少し歩いてたくさんあるベンチで飲み物を飲んでのんびりするのもイイ。そうそう今日は空も良かった。今日は風が強かった。風が強い日はたいてい空がイイ。
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| 空 |
帰りに駅の近くで食材を買って帰る。
帰宅後夕食の後書斎の掃除、といっても働くのはロボクリ君。このロボクリはもともと寝室で使っていたのだが赤ランプが点灯して故障したようだったので買い換えた。で、捨てようかどうしようかと思っていたのだが赤ランプはバッテリー寿命ということなので、バッテリーを交換したら動いた。
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| ロボクリ |
バッテリー交換の時、ついでに分解して掃除し、書斎で余生を過ごしている。中華製の安いロボクリだがまだ使えそう。寝室はエレクトロラックスというスウェーデンの会社のロボクリにした。スウェーデンだが製造は中華。家電は中華が多いね。
SF映画でロボットにも個性はあるか、なんてハナシがよくあるが、そりゃアルでしょ、ロボクリにもあるくらいだからね、とエレクトロラックスのロボクリの動きを眺めながら感じたのであった。
さて、その後古楽をもっと聴きたくなりCDを何枚か注文した。マイナーなので海外からの発送も多く、到着まで時間がかかるが仕方がない。月末までには届くだろう。
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| 先行して届いたCD |







