2025年3月6日木曜日

浦壮一郎著「サカナと水辺と森と希望」を読む

浦壮一郎著「サカナと水辺と森と希望」

これは今読んでいる、と言っても読み終わってもう一度おさらいしているというのが正確なところだが、その本の紹介。よい本だったので。



副題に「なぜ、魚はいなくなったのか」とあり出版社は「つり人社」、つまりどう見ても釣りが趣味の人に向けて書かれた本のように見える。それは正しいのだが、本書はそれだけにとどまらない、そしてそのとどまらない部分がとてもよかった。そもそも私は釣りはしない。小学生の頃ごはん粒を餌にフナを釣ったくらいしか釣りの経験はない。だから魚釣りと環境問題みたいなハナシばかりだったら正直イヤだななどと考えていた。ではどうしてこの本を読むことになったかといえば今仕事をしているクライアントが土石流などの水害対策の商品を扱っていて、カタログを作る際、今の治水を理解する上でこの本を読むことを薦めてくれたからだ。

構成は4章から成るが、1、2章では川魚、主にイワナやヤマメの生態とそれらが生育する環境について、そしてその環境の現在を問題点と解決にむけてを実例とともに丁寧に解説されている。

3、4章は川に治水を目的に作られたダムなどの構造物のもたらす影響とそれらが生態系へ大きな影響を与えていることと、主目的の治水上の効果へもおおいに疑問があることなどを検証している。

本全体を通して一貫しているのは、今までこの方法が良いと信じられてきたことがそうでもない、いやむしろ悪い影響を与えていることもある。というもので、これが非常に興味深かった。

魚が減ってきているので稚魚を放流しましょう→効果は限定的でかなり効率が悪くさらに悪影響を与えているものすらある。

ダムは魚にはかわいそうだが洪水を防ぐには有効→洪水抑制能力は考えられているよりかなり低く災害はむしろ増えている。

などなど

そして本書のよいところは、「だからやめるべき」といったアンチ宣言を声高に叫んで終わるのではなく、ではこれらに代わって、またはこれらに加えて。またはこれらをこういう風に改善して、と代替えや改良案がきちんと示されているところだ。しかもその内容が淡々と冷静にそして多角的に分析され理論的に述べられている点がよい。いろいろ事情があってすぐにできないものは段階的にこうした方が良いみたいな書き方をしているところもある。行政が推し進める国土強靱化にもいろいろ問題があって、まかせておけばいい、ではなく、みんなでそのこともっと考えて未来につなげましょうという内容になっている。それが本書のタイトルの「希望」の部分でもある。

また本書の後半で何度も紹介されている書籍「洪水と水害をとらえなおす」大熊孝著も気になったので購入し読んでみた。これもなかなか読み応えのある良書だが、学術的な記述も多く、すこしむずかしい部分もあった。内容を要約すると、近代以降のダムをはじめとする産業技術による治水には限界があり、日本中至る所で水害が発生し、その数も減っていない。洪水を完全に止める防災から洪水が発生しても人命や家屋などの被害を減らす防災への変換が必要、というものである。つまり「何が何でもあふれさせない」ではなく、「あふれても深刻な被害にならない」への変換である。だが行政はこういうのには前向きでないとも述べられている。それもうなずける。

ここからは話が変わるが、両書を読み読み思い出したことがある。防災とは関係ないが、以前バリアフリーが今のようになる前、つまりこれからいろいろやっていきましょうという時期に、産官学で情報発信を切り口に研究活動をおこなうワークショップがあった。私もなぜかそのメンバーに入り会議に参加した訳だが、国土交通省の役人、大学の教授、大手電機メーカーの人が集まり、会議はなかなか前に進まなかった。特に行政と学者の求めるものがなかなかかみ合わない。行政はもうすぐ始まるのだから2、3年のスパンで考えようとするのに対し、学者は来るべき未来にあるべき姿、と譲らない。だから具体論にさえなかなか入ることができず、電機メーカーも口の出しようがない、という状況だった。行政は現実主義、学者は理想主義などと言うつもりはまったくないし、事実そう単純ではない。ただしフィールドが異なると考え方が大きく異なるものだなぁ、と感じた。そこでちょっとひねったアイデアを出して両方まあ100%ではないにせよ賛同していただき、うまくまとめることができたのでよかったのだが、こういう行政と学者問題はおそらく至る所にあって、これらをうまく何らかのストリームにもっていくというのはある意味すごく重要なことかもしれないと感じたものだった。

治水に関しても、ダムに固執する役人が能なしで、学者が卓越した知見の持ち主という訳ではあるまい。この両書のように理論のみで流れを変えることはなかなか難しい。そこをどうすれば動かしていけるのか、そのテクニックは残念ながら学者の多くは持ち合わせていないようにも感じる。

ちなみに私は役所の人も学者も決してバカになどしていない。私なんかより何倍も優秀な人たちだった。そして人間的に好きだった。それこそ自分が働いていた会社の同僚や上司なんかより遙かにコミュニケーションが楽しかった。お役所の人は国土交通省の本庁のエリートですごく言葉遣いも丁寧で素敵な女性だったし、学者は本郷の教授で、それはそれはすごい人だった。その両方を私はとても尊敬して会議に臨んでいた。そしてそれは私にとってたいへん有意義な時間で学ぶことも多かったのである。

ここからはオマケだが、ちなみに本郷へは何度か足を運んで、そこでも会議に参加させてもらった。所属していた社団法人の理事長に頼まれて参加することになったのだが、最初の会議は今でも忘れない。私ともうひとり別の財団法人の人が呼ばれていて、そこで10分くらいそれぞれ所属する団体の活動について話すことになっていたのだが、私のほうは当日理事からちょっと本郷に行って10分くらい話してね、資料も何もいらないから、と言われたので、いいですよ、と軽く返事をして出かけた。本郷に着いて広い広いキャンパス内をテクテク歩いて会議室のあるビルに着くと、教授の助手がパワポのデータをセットしますのでください、なんて言う。えっ?いいえデータはありませんのでホワイトボードを使わせてください。ととっさに答えて席に着いた。持ち時間も30分と聞かされた。で会議の出席者がまたすごかった。大手自動車会社の研究員ばかりで、全員博士だった。これは名刺交換してわかったことだ。で、先に財団の人がパワポで慣れた様子で説明している間、私は何を話すか必死に考えた。それでここにいる人たちの専門でないおもしろいハナシをホワイトボードを使って30分間話をした。これはまあまあうまくいったと思っている。先の財団の説明では何人か寝ていたが私の時はみんなおきていて聞いてくれたからだ。まあ若い私がかわいそうで寝なかっただけかもしれないが。

私の話が終わって、席に戻ると携帯電話が鳴った。廊下に出て電話に出ると私に出席を依頼した理事だった。いつまでやってるの、新橋に飲みに行くよ、だって。こっちはたいへんだったんだよ、といって電話を切り、その後会議も終わって新橋に着くと、どっと疲れがでて、今日は私は飲み会費ナシだね、といって飲んだのを覚えている。久保田千寿が身体に染みた。