2024年8月25日日曜日

写真の理論について(前編)

 ロザリンド・クラウス著「オリジナリティと反復」に私が朱書きした最後の項目についてテキスト起こしをすることにした。

写真理論についてのメモ(朱書き)


前回、1990年代のおそらく後半のものと書いたが、もっと新しいことがわかった。おそらく本を買ったのは1990年代の遅くまたは2000年代の始めで、そして読み始めたのはしばらく後でおそらく2008年頃であろう。なぜならこの本を読みながら理論と実践を交互に繰り返していたことを思い出したからである。当時どんな写真を撮っていたか当時の「花」と「ポートレート」写真を見返してみた。

当時写真の題材として「花」と「女性ポートレート」を主に撮影していた。被写体に「風景」が含まれていない理由は、照明や演出によって物語性の付加ができないと考えていたからだ。

今日はまず、その頃撮影した花の写真をいくつか紹介する。

「Cala」 Ricoh GR digital f2.4 SS1/100 Jan.2008.


「Cala」 Ricoh GR digital f2.4 SS0.3 Jan.2008.


「Tulip」 Ricoh GR digital f2.4 SS1/400 Jan.2008.




「Tulip」 Ricoh GR digital f7.1 SS1/60 Jan.2008.




Melancholy」 Ricoh GR digital f7.1 SS1/320 Dec.2008.





無題」 Ricoh GR digital f5.6 SS1/30 Dec.2008.



カメラはGR digital、ただし元祖GRである。画素数は600万とあったが1/1.7インチセンサーなので実効解像度は300万〜400万画素といったところだったと記憶している。また、RAWはかろうじて撮影できたが1枚撮影するごとにインターバルで10秒待つ必要があった。今から考えると信じられないような仕様だった。しかしながらレンズ先1.5センチまで寄れる「広角マクロ」という特異な画角が「花」をあたかも人格を持つように撮影するという私のスタイルに合致し、しばらくの間愛用した。

撮影では透過光にこだわった。透過光によって花は言葉を話し始めた。そしてその考えをさらに発展させることができないかを常に考え続けた。

そのひとつの答えが「Brazing Flowers」だった。

Brazing Flowersより」 Olympus E-420+3535Macro f5.0 SS1/6  Apr.2009.






Brazing Flowersより」 Olympus E-420+3535Macro f3.5 SS1.3  Apr.2009.






Brazing Flowersより」 Olympus E-420+3535Macro f4.5 SS1/5  Apr.2009.





Brazing Flowersより」 Olympus E-420+3535Macro f5.6 SS0.5  Apr.2009.



Brazing Flowersは花の儚さと美しさを同時に表すものとして当時夢中になって撮影した。花はしばらく部屋に飾って、捨てる直前に撮影した。それでもネットでは「かわいそう」などと言われたのを思い出す。「だから捨てる前にだってば」と言ってもムダだった。またBrazingFlowerの前、花を毎日枯れ果てるまで撮影し続けることも試した。枯れた花はもの悲しく、そしてBrazing Flowersとは違った美しさを持っていた。

枯れた花」 GR Digital f7.1 SS2.0  Mar.2008.




これも批判があった。わざわざ枯れた花なんて、という批判だ。だがこれはこれで美しいというのがわからないのだろうか、と感じた。ネットの批評とはこの程度と、このとき以来批判は一切無視することにした。だがこの枯れた花は単にドライフラワーであり、批判もとんちんかんだが、表現としても大したことないものだった。

そして、こうした実践と理論を同時に進めることで何か新しい物ができると信じていた。

さて、本題に移る前にもう少し当時の写真を。今度はポートレート。
ポートレートでも花と同じような考え方で撮影を始めた。だが、光は透過しないし見えない人格を引き出すような手法はそのまま使えない。まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、そんなことで悩んだあげく普通の芸のないポートレートやphotoshopでのレタッチに新しい表現の活路を模索した。

無題」 GR Digital f2.4 SS0.5  Jul.2008.




こういうのもアリかなと思いながら、同時にどうも違うというのもわかっていた。

花のように炎というわけにはいかないので、かわりにシャボン玉を飛ばしてみたりした。

シャボン玉ポートレート」 Olympus E-420+Sumi25 f1.4 SS1/60  Nov.2011.




とにかくこの当時はいろいろ試した。これはポップアート表現
POP」 Olympus E-420+Sumi25 f1.6 SS1/40  Sep.2009.






Apple」 Olympus E-420+Sumi25 f1.6 SS1/40  Sep.2009.





「」 Olympus E-420+Sumi25 f1.4 SS1/40  May.2009.





「ランタン」 Olympus E-420+Sumi25 f2.8 SS1/80  Jan.2012.





総じて女性ポートレートでは花と違って、自分の撮影スタイルを決めずに何度も行きつ戻りつでトライアルを繰り返した。2008年から2012年頃にかけて約5年間くらいだろうか。そして見えてきたのが「物語」と「磁場」だった。

被写体の本来持つポテンシャルに頼らず、物語とその周辺に発生する磁場を捉えることが、私のポートレート写真のスタイルになった。
また、基本カメラ目線の写真はほとんど撮ることをやめた。これはカメラ目線は視線が勝ってしまってどうしても被写体の周りに磁場が発生しにくいからだった。
上の写真は光そのものを被写体と同格に扱うことで新しい表現となるかもと撮影したのだがカメラ目線でその目論見は薄らいでしまった。こういうことは撮影の時ではなく現像してコーヒーを飲みながら眺めているときに気が付くことが多かった。


「鏡」 Olympus E-420+Sumi25 f2.2 SS1/60  May.2010.






「  」 Olympus E-420+Sumi25 f1.8 SS1/125  Apr.2011.





「  」 Olympus E-420+Sumi25 f2.0 SS1/205  Feb.2011.






「  」 Sigma DP2m f2.8 SS1/13  Nov.2012.






「  」 Sigma DP2m f4.5 SS1/125  Dec.2014.






「  」 Sigma DP2m f2.8 SS1/60  Oct.2014.






「  」 Sigma DP2m f2.8 SS1/13  Apr.2017.