前にここで「Brazing Flowers (燃える花)」を紹介したが、今回と次回は普通の花の写真。普通の花といっても、普通には撮らない。花の性格を引き出すよう撮影は工夫した。
「性格」というのは、ひまわりは陽気、バラは情熱的、ユリは優雅などといった、ありきたりのイメージを現すものではない。
また、花言葉やキリスト教など西欧に伝わるその花のイコノロジーでもない。ユリやバラは聖母マリアのイコン、というあれだ。
ちなみにバラは聖母マリアのイコンであると同時に娼婦のイコンでもある。違いは棘(とげ)だ。棘のないバラがマリアだ。だから絵画「受胎告知」のマリアの傍らに咲くバラに棘を描いてリアリティを演出すると「火あぶり」になるので気をつけよう。
さて、私の写真の場合は、もっと個人的だ。手に取ったその花が私に語りかけてくる言葉の内容と話し方をよく聞き性格を引き出すというただそれだけだ。
ツインピークスの「丸太おばさん」である。実際には声は出さないけど。
きっかけは初代GRデジタルを購入し、28ミリ広角マクロという機能を試したとき、虫になって花びらに乗っかっているような錯覚を感じたことだった。
通常、マクロといえば一眼のマクロレンズで焦点距離は100ミリ前後である。それで最短撮影距離が25センチとか30センチなので大きく写せます、となっている。
あくまで被写体との距離は20センチ以上離れている。
だがGRは28ミリなので、マクロは被写体まで2センチくらいまで寄ることができた。つまり花弁を撮る時にはカメラは花の中に突っ込んでとるような感じだ。これが暴力的でありながらその花と意識を完全に同調するような共感覚を得ることできることで、ある意味人の女性との関係より濃密にすら感じた。そしてやみつきになった。
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ツツジ GR Digital f/2.4 SS 1/30 ISO64 |
これが私の花の写真のはじまりだった。
GRデジタルは、今のGRとは全く異なり、RAWでの撮影は1枚撮るごとに10秒ほど待たされた。画素数は600万でセンサーサイズも小さかったが、それでもすり減るほど使った。
花の写真だけも数千枚、今思えば毎日が練習のようだった。
1年ほど続けた。そしてこの先に答えがないことを悟った。違う表現を探す時が来たと感じた。






