今日はカミさんが明治神宮にお参りに行きたいというので、一緒に行く。お祓いをしてもらい、帰りに北参道口経由で新宿まで歩き、鍋焼きうどんを食べ、三井ビルの広場でコーヒーを飲みながらのんびり。天気もよい。その時、明治神宮のお祓いの時の舞いについて、演奏も人手不足で笙がなくなって残念だね、と話した。雅楽の楽器は後継者も少ないのだろうね、と。
帰宅後自家製ジンジャエールを飲みながらYouTubeで雅楽の動画を見ながらカミさんは、「この音好みだけどなー」というので、そうね笙の音は空間の空気を変える力があるね、でもこの音楽を1時間も2時間も聞き続けても飽きそうだし、今の人の感性に訴えるものがないのかもしれないね、というところで話が落ち着いた。
でその時ふと思い、例えばヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルなんて、古楽器と現代、グレゴリオ聖歌やペロタンなどとサキソフォンをうまくマッチさせて、例えばデートの時にでも、おしゃれで薄暗いバーでこういう曲がかかっていたら1時間とかあっという間だろうね、雅楽もそんな風にできたらいいのにね、と。そんなことを話しながらYouTubeでついでにムネモシネを久しぶりに聴いたのだが、たしかムネモシネとあと2枚くらいCDを持っていたはず、とその後書斎で仕事をしながら聴くことにした。
だが、どういうわけかムネモシネが見つからない。CDのラックにもitunesにも。見つかったのはこの2枚。オフィチウム。
仕事が忙しいときはどうしても睡眠不足になり、疲れているとき聴くと眠くなるのでダメだが、今は仕事も少なく急ぎなのは遊園地の仕事1件だけ。なので今日はこの2枚を交互に聴くことにした。たしか1990年代の録音だったように覚えている。ムネモシネも90年代かまたは2000年代の初めの頃だったと思う。
見つからないムネモシネはAmazonに注文、さらにもう1枚別のCDも注文した。深夜仕事をしながら静まりかえった書斎で聴くのによさそう。私の書斎は天井照明がなく、壁に写真を照らすブラケット照明だけの薄暗い部屋なのでこういう音楽がとてもいい。仕事だけでなく考え事をするにも、読書をするにも。
遊園地の仕事は明日の夜までには終わる予定なので、読書もいいが、明日の夜は久しぶりにこれを聴きながら昔撮った写真のプリントでもしようかな。
だが結局その晩はあれこれやることがあってプリントは延期、日を改めてプリントすることにした。タイトルから外れてしまうが音楽はビル・エバンスで松岡正剛の「外は、良寛」をペラペラとページを繰りながらプリント。今日は書斎に飾ってある4枚のポートレート写真の入れ替えである。昨年だったか入れ替えたときは白黒写真からカラー写真に入れ替えた。今回はふたたび白黒写真にした。
プリントのあといつもの物干し竿で乾燥させ、額装した。マットは黒のものを加工し直して使った。マットにはイラストレーションボードの2ミリ厚を使っている。マットの窓開けには45度カッターを使う。45度カッターはコツをつかむまで少し練習する必要があるが、慣れればそれほどむずかしくはない。ただしカットするときはカッターマットの上ではうまくいかない。必ずスタイロフォームなどの上でカットする。
4枚とも写真を入替え、書斎の雰囲気もだいぶ変わった。中には飾ってきて今ひとつと言う写真もあったが、まあそのうち入れ替えればいい。
さて、そうこうしているうちに、ようやくヤン・ガルバレックとヒリヤードアンサンブルのCD「ムネモシネ」が届いた。Amazonに注文したとき、新品は6月にお届け予定なんてこと言うものだからキャンセルし、4月中に届きそうな中古のCDを注文した。それが今日届いた。盤の状態やケースなどはまあまあといったところ。新品との値段差もあまりなかったので本当は新品が欲しかったが、6月では遅すぎる。今聴きたいのだ。こういうのはその気になっているときというのが大切で、6月になって気分的にどうでもよくなってしまっていたら新品でもありがたみはない。その時に吹いている風をつかむような感覚が結構大切だと思っている。我慢すべく物事と我慢していけない物事があると思うのだ。
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| ムネモシネのCDが届いた |
届いたCDを見るとドイツ盤で、発送元はフランスだった。
写真に写っている手前のノートはAmazonで「ムネモシネ」で検索したら出てきたノート。ムネモシネという名前のノートらしい。これも何かの縁と思い無地のものを注文した。このノートはCDよりだいぶ早く、注文したらすぐ届いた。
確かムネモシネというのはギリシャ神話の神様の名前か何かで、「知」だか「記憶」みたいなのを司る・・・だったような。だからノートにこういう名前をつけたのだろう。
ラファエル前派の画家ロセッティにムネモシネの絵があったと思う。そこで図書室に行って関連しそうな本を何冊か書斎に持ってきてペラペラとページを繰ってみたのだが見つからなかった。
ラファエル前派というのは絵画をアカデミズム的なつまり現代的モチーフではなくルネッサンス以前のように文字通りラファエロ以前に戻って描きましょ、という運動で、有名な画家にロセッティの他バーンジョーンズがいた。
ただこのラファエル前派、例外なくみんな絵が下手だった。まずもってデッサンやポージングがなっていなかった。なのであまり好きになれず、従って画集もほとんど持っていない。またロセッティという画家は人間的にもどうもクズ男君だったようで、そういうのもなんとなく嫌だった。
唯一ロセッティの描いた「プロセルピナ」これもギリシャ神話だね、の絵はかっこよくていいなと思っていたが、着色が下手でカラーより白黒の図版で見た方が何倍もカッコよかった。
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| 図書室にあったラファエル前派の本 |
たったの3冊である。これらの他に単独にバーンジョーンズの画集が1冊あったがお恥ずかしながらそれだけだった。絵が下手っぴなので画集を買う気になかなかならず・・・と言い訳である。
と、そう言えば白黒写真のかっこいいプロセルピナが出ていたBT(美術手帳)があったはず、と再度図書室に探しに行くとあと2冊ほど見つかった。
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| カラー版と白黒版のプロセルピナ |
白黒の方が何倍もかっこいい。
ま、とりあえずラファエル前派は忘れてムネモシネをゆっくり聴くことにしよう。