2024年6月29日土曜日

グラナドスを聴きながらイベントの仕事

 かなり忙しい、開業以来最も忙しいと言ってもよいだろう。現在仕事が23件ほどあり、このうちこちらのコートにボールがあるものが何と15件である。昼も夜もなく平日も休日もなく働いているが大丈夫だろうか。

今日は大雨の中、打合せで大手町まで出かけた。大手町は地下鉄の駅を降りるといつもは地上を歩いて目的のビルまで行くのだが、今日は大雨なので地下道を歩くことにした。

地下道からつながる打合せのビルの地下にこんなお店を見つけた。

新大手町ビルの地下にあるたばこ屋

だがここ、誰もいないし、ショーケースの中は昔の商品がディスプレイされているだけ、「塩」だってこんなところで買う人はいないはずだ。つまりこれは「お店」に見せかけた「セット」なのだ。赤い公衆電話も使えないだろう。たぶんアミューズメントパーク世代の今の人たちには違和感はないのだろう。だが私にはこういうのはちょっと違う気がして、そうね嫌悪感とまでは言わないが、どこか蝋人形館につながる「うすら寒さ」を感じるのだ。江戸東京博物館があまり好きではない理由のひとつもこれと同じ。

さて、帰宅後は少し休んで仕事である。何しろ数が多いので、スケジュールよく考えて仕事をしないと後手に回ってしまう。3D-CGの仕事が全体の7割くらいあって、これらは集中して作業すると結構疲れる。そこでイベントの仕事をときどき気分転換ではさむことにした。今日はマスコットの提案を作ってみた。

マスコット

予算が厳しいそうなので、これは却下かもしれないが、そんなことはどうでもよいのである。つまり「却下されたらどうしよう」なんて考えずに作るのである。もちろんフィギュアを作るのは予算的に無理だからそこは考慮してイラストをシートにプリントしてレーザーカッターで切り出した透明アクリルに貼り付け脚を付けただけのシンプルなもの。今日は試作としてカラープリントを77でスチレンペーパーに貼り付けくりぬき簡単な脚をつけた。デスクの上のプリントアウトはブースのデザイン案、これはCGである。マスコットは当然まだ未完で髪の色や服のデザインはまだ検討もしていないが、なんとなく作ってみた。ポイントは手にいつも花を持っていることかな。正式にゴーサインが出れば少し時間をかけてしっかりデザインすることになる。

さて、いつも仕事をしながら音楽を聴いている。初夏のこの時期、今日は梅雨の大雨だったが、天気が良く暑い日には聴きたくなる音楽がある。グラナドスのピアノ曲である。エンリケ・グラナドスは19世紀末のスペインロマン派の作曲家で、同時期にはアルベニスもいる。アルベニスの方が有名だが、私は圧倒的にグラナドスのファンである。そして演奏はこれはもう決まり切っている。アリシア・デ・ラローチャである。異存を唱える人はいないだろう。それぐらいラローチャである。つまりグラナドスと言えばラローチャ、ラローチャと言えばグラナドスなのである。

ラローチャのグラナドス


昔から大好きで、とくに初夏のこの時期によく聴く。以前東南アジアに出張に行ったときはいつもi-phoneに入れて、ホテルの部屋で仕事をしながらBluetoothスピーカーで聴いていた。BOSEやSONYの音が苦手な私にはこれ、B&OのA2。実にナチュラルで聞き疲れしない。現地では特に2月とか3月はぴったりの気候だった。日本はまだまだ寒い時期だが、30度超えで空気が乾燥している。日なたはジリジリと暑いが木陰は涼しかった。

Bluetoothスピーカー、B&O

休みの日は車で出かけてブーゲンビリアがたくさん咲いているところでのんびりこれらを聴きながらスケッチを描いたりしていた。ほんとうはアールグレイのアイスティがいいのだけれども絶対に無いのでペリエとかオレンジエードみたいなのをオーダーした。スケッチを描きながら実に楽しかった。これでカーマインレッドのスカートに白いブラウスの素敵な女の子でも歩いていたら最高だな、などと考えながら。

ブーゲンビリア



2024年6月16日日曜日

試作模型、カルーソーとジーリを聴く

 模型の仕事を2件受注した。正確には1件は1台だが、もう1件は2台違う物を作るので、合計3台製作する。このうち最初の1台はすでに模型会社に発注済みなので私は本製作には関わらない。ただし各部の確認をクライアントと事前にCGで行うので作業は結構ある。もう1件の2台は概ね受注したがまだ仕様が固まっていない状態。そこでまずは仕様を確定するために、模型の模型を作ってクライアントの確認を取ることになった。クライアントと言っても相手は会社なので意思決定は一人や二人ではない。こうした事前作業でコンセンサスを得ておくことは大変重要なのである。だから手間を惜しまずせっせと作業する。また以前も書いたが模型は控えめに言ってもあまり儲からない。だが、スケッチや模型のようなアナログな作業はMacの作業が多い中で気分転換にもよいのである。

スケッチを描いているところ、A3のライトテーブルを使う


さて、試作模型は発泡スチロールを使う。正確にはスチレンペーパーという材料で材質は発泡スチロールと同じポリスチレンだが、均質で薄い板状の材料である。模型を作る人なら100%知っている材料でもある。カッターナイフで簡単に切ることができる。厚さは1mmから5mmくらいまでをよく使う。それ以上厚いのもあるだろうがそうなるとスタイロフォームを使うことが多いので、まあ5mmくらいまでだろう。

このスチレンペーパーは類似商品にスチレンボードというものもある。これはスチレンペーパーの両面に紙が貼ってあるもので、スチレンペーパより丈夫である。模型づくりにも使うことがあるが、紙が湿度によって伸びたり縮んだりするのでかなり反る。だから私は使わない。そもそも私がスチレンペーパーを使って作るのは試作品なので丈夫さは必要ない。紙を貼ってわずかに強度を上げるより、製作しやすさが第一だからである。

そして本番の製作では通常アクリル板を使う。アクリルは加工はたいへんだが強度的にすぐれ仕上がりも美しい。それに比べ試作は大きさと雰囲気の確認用なので強度も美しさも必要ない。

それにしても紙なしがスチレンペーパーで紙ありがスチレンボードというのもわかりにくいネーミングである。画材屋の店員も勘違いしていることが多い。画材屋で購入する際は、自分で見て買うから間違えることはないが通販は名称だけでなく仕様を確かめないと危険である。

また通販で扱っているものはサイズが小さい。B4サイズにカットして4枚とか5枚一袋になっている。そのサイズで間に合えば良いが、もっと大きなサイズが欲しいときは、やはり画材屋に買いに行くしかない。画材屋では基本A1サイズを買うことができる。大きいので買うときは1枚なんてことはあり得ない。ふにゃふにゃなので家に着く前に折れてしまう。だから最低でも10枚以上まとめて買う。そうすれば折れる心配はかなり減る。今回も1mm、2mm、3mm、5mmと4種類を5枚、全部で20枚ほど買った。値段は厚さであまり変わらずだいたい1枚700円〜800円くらいなので20枚も買うとそれなりに費用がかかる。

画材屋さんで買ってきたスチレンペーパー

買って帰ったスチレンペーパーは保存場所にも気を使う。ダンボールに入れおくのが一番良い。アルミパネルなどが入っていたA1サイズの箱があればそれを使うのがよい。ただし、A1サイズは切り出すときに大きな作業テーブルが必要なので、何枚かを半分のA2サイズにカットしておく。こうすれば作業スペースでハンドリングできるので。

とりあえずそれぞれ数枚づつA2サイズにカットする

では、製作にかかる。接着はスチノリという接着剤を使う。試作模型なのでスピードが大切なので瞬間接着剤を使いたいところだが瞬間接着剤はスチロール樹脂には使えない、溶かしてしまうしそもそもくっつかない。そこでスチノリを使うのだが固まるのに少し時間がかかるのでマスキングテープで留めたり、軽く重しをしながら少しずつ組み立てる。急いで作業するとうまくいかない。気長に時間に余裕を見て製作する。つまりある程度貼ったら固まるまでMacで別の仕事をして、また組み立てて・・・のくり返しとなる。

製作中の模型の模型

さて、では製作にかかろう。

製作の前には、前回(・・・リセットしてから次にかかろう)に書いたが、作業机をリセットする。つまり前の作業のもの、スケッチの道具やら何やらはすべて片付けて作業机の上は「何もなし」にしてからはじめる。

模型製作の途中でまたスケッチを描く必要があったら、今度は模型の材料や道具を全て一旦片付ける。組立て中の模型は棚の空きスペースに避難、作業机の上をキレイに片付け、布巾で拭いてからはじめる。決して、ちょっとだからと机の端に寄せて空きスペースを作ってそこで・・・というのはダメである。なんのかんので片付けた方が確実に早く、そして気持ちよく仕事ができる。これは長年の経験で断言できる。

今日は模型を作りながら久しぶりに古い古い録音のイタリアオペラを聴いた。エンリコ・カルーソーである。カルーソーが亡くなったのが1921年なので、録音は当然それ以前である。つまり蝋管方式ラッパ吹き込みである。だがそれがかえって味であり、たまに聞くと楽しいのである。模型作りにもよく合う。

少し前の映画でクラウス・キンスキー主演の「フィッツカラルド」というドイツ映画があった。主人公フィッツカラルドは南米ペルーのイキトスという実在の街にオペラハウスを建てることを夢見て未開のゴム林に船で目指すというもので、航行不能な川を越えるため船で山を越すというとんでもない話である。実際に撮影でも船の山越えを行い、あまりの過酷な撮影に主演をはじめキャストが途中で何度も入れ替わり撮影し直したらしい。その中で主演のクラウス・キンスキー演じるフィッツカラルドはカルーソーにあこがれ、カルーソを蓄音機でかけながら川を進むのが印象的だった。曲はヴェルディのリゴレット第3幕「美しき愛らしい娘よ」やマスネのマノンの「夢の歌」などがとてもよいのである。大好きな映画である。

また、ロシア映画で「草原の実験」というのががあった。この映画で主人公の美少女がお父さんのトラックのエンジンで発電して家でラジオを聞くシーンがある。確か映画の最初の方。ここでラジオでかかっていたのも蝋管方式の録音のイタリアオペラだった。ただしカルーソーではなくベニャミノ・ジーリだと思う。ジーリも亡くなったのが1935年なのでカルーソーと録音はあまり変わらない。この歌手もいい。だがカルーソーと比べるとやや劣るかな、まあこれは仕方がない。

カルーソーとジーリのCD

写真にあるカルーソーのCDは11枚組、ジーリは7枚組。これらを連続して全曲聴く、なんてことはあり得ないが、いくつかピックアップしたプレイリストを聴きながら模型を作るのはなんとなく楽しいものである。

ちなみに「草原の実験」で少女が聴いていたのはレオンカヴァロ作曲の「道化師(パグリアッチ)」の「おお、コロンビーナ」だった。いい曲である。

この曲は、同じくイタリア ヴェリズモ(現実主義)の作曲家マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」とほぼ同じ時期の作品である。たしか1890年頃の初演。少し「カヴァレリア・ルスティカーナ」の方が早い。

そしてこの2つのオペラ、「道化師」と「カヴァレリア・ルスティカーナ」はともに通常のオペラに比べかなり短いので、2曲合わせてDVDになることが多い。私もDVDを何枚か持っている。だが模型を作りながら映像を見るわけにはいかないので、今日は音だけ、カルーソーとジーリである。

ちなみに「道化師」は単純なストーリーだが妙にわかりにくいのが特徴で、劇中劇という体裁を取っているので、登場人物と、その人が劇中劇で演じる役があり、しかも現実と劇中劇で人物を変え同じようなストーリーが展開するので、ぼーっとしていると「あれ??」となる。

あらすじは、

主人公カニオ(劇中劇ではパリアッチ)は移動劇団の座長で、奥さんネッダ(劇中劇ではコロンビーナ)も同じ劇団の団員。劇団にはほかに二人、トニオ(劇中劇ではタッデーオ)とベッペ(アルレッキーノ)。その他に村(興行地)の青年シルヴィオである。劇中劇のストーリーはパリアッチ(座長のカニオ)は道化師(パグリアッチ)でその奥さんのネッダ演じるコロンビーナは座長の目を盗みベッペ演じるアルレッキーノとできているというものだが、劇の外、現実世界では座長の奥さんネッダは村人(青年)シルヴィオとできている。劇が始まる前に、つまりリアルな世界の方で、ネッダとシルヴィオの話すのを盗み聞きしてその関係を知った座長のカニオは悲しみに暮れながらも、その感情を隠して人を笑わせる道化師の悲しみを歌う。「パリアッチはパグリアッチなので悲しくても皆のために歌う〜♪」。そして、劇中劇が始まると劇の中で、アルレッキーノとコロンビーナがいい仲で、劇のセリフまでさっきのネッダとシルヴィオの会話と同じなので、トニオはついに頭が混乱し舞台で劇を忘れて、奥さんに詰め寄る。それを劇のストーリーだと思った客は喜んで見ているが、やがて実際に奥さんを刺し殺し、お客はパニック、観客として見ていたシルヴィオは助けに駆け寄ったものの同じく刺される。そこで座長は我に返り「芝居はおしまいです」と言って幕。

カニオは「捨てられていたおまえをここまで大事に育てたのはオレなのに〜♪」みたいな歌を歌いネッダを殺す。こういう男と女の関係はずっと変わらない事件のテーマである。さんざん貢いでオレの人生はお前のために・・・みたいな男が女に手をかけるのは今でもよくある。女に一方的に入れ込んでその気になっている阿呆はこのオペラを見た方がよいというものだ。男は手段が「貢ぐ」で目的は「女」だが、女は手段が「男」で目的は別にある。うまくいく訳がないのである。女にとって手段は大切なので「あなたは私にとって大切」かもしれないが、決して目的ではない。オペラ道化師より単純明快で分かりやすい。だからわからない男は阿呆なのである。

ちなみに「草原の実験」の曲「おお、コロンビーナ」は劇中劇で奥さんとできている役の団員ベッペ(アルレッキーノ)が「奥さんを愛している〜♪」と歌う歌」。いい曲だが主役が歌う歌ではないのである。だからだろうカルーソーのCDにこの曲はない。カルーソーは主役の座長役だからである。でもジーリのCDにはこの曲がある。おそらくジーリが主役級ではないというのではなく、単にいい曲なので歌いましょ、と。カルーソーの時代のストイックさはないのである、ジーリのCDは他の選曲も割と自由に歌いたい曲を単にピックアップして歌っている感がある。ワーグナーやヘンデルの曲まで入っているのがその例である。カルーソーの時代はオペラの一部の良いところをレコード(と言っても蝋管)にしたのだろうが、ジーリの時代には市民権を得たレコードが、レコードはレコードとしてエンターテインメントとして違うスタイル、つまりいい曲をお茶の間でどうそ、に変わったからだろう。


2024年6月8日土曜日

印伝ポーチの製作と環境をリセットしてから次にかかろう

 先日カミさんの付き添いで服飾材料を買いに蒲田のユザワヤへ行った。家の近くにもオカダヤと少し小さいがユザワヤ新宿店があるが蒲田のユザワヤは本店なので大きく布地などの品揃えが豊富なので年に2回くらい行く。

仕事はまだまだ忙しいのだが運動不足解消とまではいかないが、こういうショッピングは歩数が出るのでなるべくカミさんと一緒に行くようにしている。

ちなみにユザワヤは品揃えは豊富でその点に不満はないが、店舗は垢抜けせずなんともサエないところが残念である。まあ「紺屋の白袴」とでも思っておこう。だが服飾用品店なのに店頭で焼き芋なんて売っているのはどうなのだろう。

で、カミさんはいろいろ布地やら何やらと買い物をして、私はと言うとカミさんの近くであれこれ見て回って気に入ったものがあれば買う程度。なので何も買わない時も多いのだが、今日はたまたま見つけた印伝を、これでポーチを作ったらおもしろそうと買ってみた。

印伝は基本的に柄が細かく見た目がみみっちい。どうしてもちまちましたものになる。だから印伝のバッグなんてものはあるかもしれないが見たことがない。印鑑入れとかキーホルダーとかそういう小さなものによく使われている。ポーチなどに使ってもたいていダサくなる。私もちまちまデザインは好きではない。

だからいつもは印伝なんてスルーしていたのだが、先日ココに書いた古い白黒の時代劇が気に入って、そういう世界に少し惹かれていて、それで立ち止まって眺めていた。

それで見つけたのがこの柄。これならいいかもしれない、と。そもそもポーチはバッグに入れて使うもので、ティッシュや予備のマスク、のど飴、ウェットティッシュなどを入れている。だから手で持って歩くバッグなどとは違い、多少柄も「おもしろみ」がないと退屈である。

購入した印伝(ただし合皮)

ちなみにポーチは何年も使っているとどうしても汚れてくるのでキズや汚れの目立つ無地は避けたい。1年くらいでみすぼらしくなる。そして前述のように印伝のようなチマチマ柄はデザイン的に今ひとつ。さらにあまり大きな柄もダメで、おばさんぽくなる。またキャラクターやグッズ柄も全てとは言わないが幼稚な感じになるので大抵使えない。

つまり原則「無地」「ちまちまくり返し」「ワンポイントなど大柄」「キャラやグッズ柄」以外から布選びをすることになる。そして多少面白みを持たせたデザイン、つまりなんとなくおもしろいものを選ぶのである。

おもしろいとは、例えば「意外性がある」「何かを暗示させる」「本来とは違った形でなんらかのスタイルを表現する」などなどである。

そんなの難しくないか?と思う人もいるだろうが、反対である。とりとめもなく「何かいい物は・・・」と探すより圧倒的に楽になる。

さらに言えば何かデザインするときもこのように考えながらデザインすると方向性が見出しやすい。デザイナーとはこういうトレーニングをやってきた人たちのこと、と思っている。だから◯◯だから□□した方がよい、といった会話が成立する。自称デザインがわかっている人にはそれができない。良いの悪いのと好みを言うことしかできない。もちろんそれでかまわない。自分の価値基準で好き嫌いを言うのは自由だからである。だが、寝る間を惜しんでデザインの勉強を続けた人とは大違いなのである。だがデザイナーも別の意味でダメなところも多い。あまり頭がよくないのに、わかったような口をきいて総スカン食らうというのはよくある話である。

さて、仕事の合間にのんびり作り始めたポーチだが、1つ目ができあがった。時代劇を意識したのでがまぐちにしてみた。

できあがったポーチその1(右側)

もともと使っていたポーチと並べてみた。古いポーチは2016年5月に作ったもので、バッグを持って外出するときは常にバッグに入れてある。柄は気に入っているのだが、8年も経ちかなりくたびれてきた。「ちまちま」でも「大柄」でもないくり返しパターンである。

2016年に作ったポーチ

これは2016年に前のポーチを作ったときに撮った写真


できあがった時に撮った写真を今のと比べると、やはり今はだいぶくたびれてきたのがよくわかる。


さて、今回購入した印伝は合皮なので正確には「印伝もどき」である。生地サイズは50センチ×90センチ。ポーチ1つではだいぶ余るので、この際ポーチを3種類作ることにした。ちなみに本来の「印伝」とは鹿革のバックスキンに「うるし」でドット柄を付けたものである。

さて「印伝もどき」を使ってまず1つめは写真のように「がまぐち」タイプを作った。「がまぐちの口金」は「ジッパー」(ファスナー)より出し入れが楽である。片手でポチッと簡単に開けられる。ただし金具が他の物にキズをつける可能性があるので、バッグにカメラなどとは一緒に入れられない。ポーチはあと2つ作るので、2つ目は今使っている物と同じようにジッパーにしようと思う。

さて、できあがったがまぐちタイプだが、今日は打合せがり、パソコンもカメラも無しなのでさっそく使ってみた。なかなかよかったので満足している。

次に2つ目のジッパーを使ったポーチ、これは前回より少しだけ大きくする。強力タイプのアルコールウェットティッシュが今のポーチだと出し入れがきついので。デザインは両サイドを印伝、ジッパーの部分はぐるり合皮とした。

ポーチが2つ

柄合わせでサイズを決める必要があるので仕方がないが、あと2センチくらい小さとちょうどよかったかも。

さて、3つ目のポーチだがノーアイデアである。それにスケッチの仕事が入り、ミシンやら裁縫道具を一旦片付けてライトテーブルをセットすることになった。作業机はコレしかないので仕方がない。仕事優先である。あと、よくキチンと片付けずにちょっとヨコにやって別の仕事をはじめる人が多いが、あまりよくない。なぜ良くないかと言えば、物がどこに行ったかがわからなくなりやすいから。仕事の効率をドーンと下げるのは「やりなおし」や「修正」ではなく「必要なものが見つからない」である。これはかなり自信を持って言える。

全部片付けてライトテーブルとスケッチ用紙を準備する


Macを使ってデザインの仕事をしていても、「データをどこに保存したか」「必要なファイルはどれか」「不要なファイルはどれか」をきちんとできない人は仕事も遅い。きっぱり。

その点、私は仕事は早い、これは自慢できる。なぜならファイルはMacを触らなくてもどこに何が入っているか、かなり昔の物は除きすべて把握しているからである。ま、それだけではないが・・・。

会社勤めしていたときも、海外まで国際電話でスタッフから問い合わせがくることがよくあった。「あのデータどこにありますか?」と。どこどこのフォルダーのなになにの中の・・・といつも正確に答えられた。そしてそこにちゃんと見つけられた。自慢話のように聞こえるかもしれない大したことではない。ロジックを決めてそれをちゃんと守ればどうということはない。そして、なんとなく作業してデスクトップに置きっぱなしにして、あとで一段落したらきちんとしよう、と言う人はいつも「あとで渡しますから待ってください」だった。私の経験ではそういう人は仕事も遅かった。

脱線してしまった。だから別の仕事に切り替えるときは、前の仕事の道具や資料や材料など、すべて片付ける。そしてさっぱりと何もない机の上に、別の仕事の材料を出し仕事にかかる。面倒なようで確実に2倍はスピードがあがる。片付けにかかる時間はたいてい2〜3分である。捜し物は5分以上かかることも多い、そして捜し物は1回や2回ではすまないからである。

それでけではない、机がごちゃごちゃしていると多少脳もそれに影響を受ける。どこかのタイミングで「待てよ・・・そもそも・・・」というのは非常に大切だが、環境がパキッとしていないとそれが発動されないか、またはされにくくなるのである。だからダメである。この「マテヨ」は実は仕事で特に重要な「気づき」であり、これが発動されない人たちと組んで仕事をすると苦労多くして成果は今ひとつになることが多いからである。


2024年5月26日日曜日

図書室改装

今朝はまたオムライス。娘の大好物なので週に一度は作っている。今日はカミさんと娘の分は良かったが自分のは失敗してこんな風になってしまった。

オムライス...失敗

卵を2コ使えば確実にうまくいくのだが、2つはちょっと多い。だからカミさんと私は1つで作る。すると時々こういう風に失敗する。

さて、計画してから1年以上経ちながらほとんど手がつけられないでいる図書室の改造だが、やはりこのままではいつまで経ってもできないのは明らかなので、強引に進めるしかないと考えた。

仕事はもちろん忙しいのだが、たとえ1日10分でも15分でも作業できればいつかは完成する。

そう、はじめられないのが問題なのだ。

で、はじめることにした。だがその前に計画する必要がある。壁の一部を移動したりするので、養生と清掃の準備が必要だ。家中ホコリだらけになるのは困るので養生は大切だ。まずは大型のブルーシートを用意してマスキングテープで工事範囲を遮断する。また、サイクロン掃除機を用意し常に掃除しながら工事を進める。サイクロン掃除機は以前作った工房用の集塵機を移動式に改造しようと思う。5月中にその改造と養生用の材料を準備する。 

6月から間取りの変更部分を工事するが、これは何ヶ月かかるかわからない。真冬は寒くて工事できないので、12月前に終わらせたい。半年あればなんとかなるだろう。そうでない場合は来春以降に再スタートすればよい。

続いて本棚の製作はうまく運べば間取り工事と同じく12月前に終わるが、無理であればこれも来年暖かくなってから、つまり4月以降の製作となる。

いずれにせよ1年以内の完了を目指すが、仕事が忙しくてもっと時間がかかるかもしれないがそれはしかたがない。

さて5月中に準備を終わらせたかったがサイクロン集塵機の改造が結構大変なことがわかり早くも遅れ気味である。集塵機は移動して使うことを考えていなかったのでスイッチが固定してあり、これが簡単には外せない。また集塵ホースの取付も特殊だった。仕事の合間の作業なのであと1週間くらいかかりそうだ。ちなみに養生のためのブルーシートやテープ類は全て揃った。

2024年5月25日土曜日

昔のテレビ時代劇「用心棒シリーズ」を観る

 先月だったか、YouTubeでたまたま昔の時代劇を見つけた。「素浪人花山大吉」という1960年代のテレビ時代劇である。

私は大学生の頃、この番組の再放送をテレビで観たことがあった。確か大学4年生の秋頃だったかな。卒業研究もだいたい終わっていて学科も必要単位は3年生の時にほとんど取り終わっていたので、ヒマだった。なのでよく本を読んだ。思えば人生でこの時ほど本を読んだことはない。ほとんど毎日一日中読んでいた。週に一度ゼミで学校に行くので帰りに横浜の有隣堂という本屋に寄って毎週10冊くらい買って帰った。それを片っ端から読んでいた。

朝9時か10時くらいに起きてしばらくベッドで本を読み、11時頃に朝ご飯を食べながら「花山大吉」を観て、それからまた読書。夕方まで読んだら家族の夕食の準備をした。私が炊事当番だった。そして夕食後少し休んでまた本を読んだ。その後ゼミの勉強などを3時か4時頃までして寝る、という生活だった。決して外に出るのが面倒とも思わなかったので、誘われれば友人とピクニックでも映画でも行った。だが家に居る時間の方がはるかに多かった。

そんな懐かしい時代の話である。


で、最近たまたまYouTubeで見つけた東映の動画で、古い時代劇の1話と2話だけYouTubeで観られるというので、前述のように花山大吉を観た。懐かしさとおもしろさで家族にも見せた。みんな笑って観ていた。それで詳しく調べると月額いくらか払えばAmazonプライムビデオで全話観られるらしい。トライアルで契約してみた。だがMacはどうも?だったので仕方なく契約は解除した。

さて、花山大吉は2話しか観られなかったが他にも東映の時代劇が無料で2話だけ観られるので、いくつか観てみた。それで発見したのがコレ「用心棒シリーズ」。

主演は栗塚旭、おもしろかった。花山大吉より何倍もおもしろかった。放送はこれも1960年代。

ちなみについでにチェックした高橋英樹とかが出ているその後の時代劇はどれもツマラナイものばかりだった。いくつか観て、内容の薄っぺらさと演技やセリフのつまらなさにうんざりしてしまった。

で「用心棒シリーズ」である。おもしろかったのでDVDを買うことにした。初めはこんなの面白いと思うのは私だけだろう、と仕事をしながら流していたのだが、カミさんと娘も気になるみたいで、それでダイニングのモニターで流してみたら2人ともすごく面白がって毎日食事のあと観ることになった。娘は課題をやりながらも観ている。

用心棒シリーズのDVD

DVDのパッケージ、手前は描きかけのスケッチ。仕事である。このスケッチをもとにCGを作成するのである。スケッチをスキャンしてクライアントに送り確認するのである。結構大切なプロセスである。

さて、用心棒シリーズだが、DVDが3セット発売されている。第1作が写真右端の「俺は用心棒」全部で26話ある。1話だいたい50分。その後ヒットしなかった第2作があるがDVDにはなっていない。第3作が上の写真にもある「帰ってきた用心棒」でDVD2セットで全部で36話ある。さらにその後第4作として「用心棒シリーズ、俺は用心棒」もあるがDVD化はされていない。

で、このシリーズ第1作と第3作、内容が少し難しいものもあり、途中でトイレに立つと戻ってきて続きを観てもわからなくなることが多い。そのあたり高橋英樹主演とは大違いなのである。高橋英樹の桃太郎侍なんかは初めの10分と最後の5分だけ観れば途中を見ないでも内容はほぼわかるような幼稚なストーリー。まあこれは高橋英樹が悪いわけではなく、観る側のレベルがどーんと落ちたからである。こういう幼稚で単純なものが好まれたからこうなった、ということである。

用心棒シリーズはストーリーが複雑なものもあるし、そもそもあまり説明的ではない。倒幕だの佐幕だのと幕末の話なのだが尊皇攘夷の意味もわからない人には??だろう。ウチでも娘はときどき??になって、そのたびに私にどうして?今の何?と聞いておった。また、ストーリーの特徴として多くの回で用心棒の活躍むなしく巻き込まれた無実の人たちが死んでしまう。はじめは「これ、別に死ななくてもよかったのでは?」と思うようなものがいくつかあるなと思っていたのだが、ある日その理由がポンとわかった。

これは反戦作品だったのだ、と。この番組が制作されたのは1960年代である。まだまだバリバリの戦後である。日本人の教養人はあの戦争は何だったのかを少なからず考えていた時期である。太平洋戦争では軍部が言わば尊皇攘夷を訴え、国民に多くの犠牲も求めた。お国の一大事なのだからトーゼンだろ・・・と。だが結局何にもならなかった。政府は「戦争は悲惨だったが死んだ人は英雄」、という立場だったが、そうではない。あきらかに無駄な犠牲だった。「大東亜共栄圏」なんてものは軍隊が作るものではなく。経済が作るものだったはずで、知識人にはわかっていた。だから死んだ人はただただ哀れなだけだった。用心棒シリーズの時代背景は幕末、尊皇攘夷、倒幕を訴える側と佐幕側とのいざこざがあり、そんなことどうでも良い人たちが巻き込まれ無残に死んでいくのである。倒幕や佐幕に狂った者どもは「お国の一大に・・・」と庶民に犠牲を強いる。まさに先の大戦と同じである。

それに気づいたきっかけは「帰ってきた用心棒の」第22話「地獄極楽わかれ道」を観たときだった。ネタバレはしたくないのでストーリーは書かないが、頭の少しおかしくなった殿上人(てんじょうびと、皇族やそれに近い人、この話では確実に皇族)に菅貫太郎、それに何これ?な三浦徳子演じる御所人形(妹君)が出てきてこの人たちに悪意はないけど、なんでこんなののために・・・というオハナシ。製作者も狂った世界を演出するためか、この回だけ音楽がハチャメチャなのである。東条英機が学徒動員で大声で「てんのーへーかばんざーい」と叫んでいた状況と同じなのである。つまり、まがいなりにも国家の最高権力者がまだ10代の学生に「天皇の名のもとに国のために死になさい」と命令したわけである。当時誰も「NO!」と言えなかった状況にこの番組では用心棒とさらに巻き込まれた世話役の内儀(武家の妻)までが「NO!」というのである。高森和子演じる内儀が最後の方で御所人形に「NO!」という時の気迫がすべてを物語っている。

ちなみにおかしくなった皇族役の菅貫太郎はこの演技が有名になり、たびたび同じような役のオファーがつづき、本人は嫌だったらしい。

また、この用心棒シリーズ、基本的にはハードボイルドである。チャンドラーのマーロウに通じるユーモアのセンスがある。日本では松田優作らが出てくるユーモアのかけらもない、ただ汚らしいアレがハードボイルドと言われるようになりハードボイルドの意味が変になってしまったのが残念である。

チャンドラーは大金持ちの家を「バッキンガム宮殿より小さいし、クライスラービルより窓の数が少なかった」とか、大鹿マロイ(オツムの弱い大男)を「自由の女神みたいにデカいの」というユーモアのセンスがあり、そして何より身なりはきちんとしていてダンディである。大違いなのである。私はユーモアの基本は「たとえ方」にあると思っている。決して関西お笑い芸人のような揚げ足取りにではない。ユーモアのセンスがある人は揚げ足は取らない、ポンッと膝を打つたとえのうまさにある。

さて、もう少しこの用心棒シリーズのどこがおもしろいのか書いておこう。

例えば「白い目じるしの宿」ではシジミを買うために旅籠(宿)の奥さん(三原有美子)が軒下にシジミ売りに見えるように白い手ぬぐいをぶら下げる話がある。そのサインを訪れた侍が自分の嫁のぶら下げたサインと勘違いして宿を間違える、というのがある。

これ、今風に言えば旅籠の奥さんに罪はない。だがこの奥さんは自分がしたことでうまくいかなくなった、という事実を重んじてたいへん責任を感じる。追っ手がせまっている中で、命の危険を冒してまでも侍の奥さんのところに知らせに行こうとする。「何も知らず待っている侍の奥さまのことを考えると、申し訳なくて・・・」と。こんなこと今なら絶対考えられない。100%「私は何にもわるくない、そりゃ気の毒とは思うけど・・・」となるだろう。そう、たしかに悪くないのだが、結果に責任を感じるという価値観のちがいに観る側はガツンとやられるのである。この白い目じるしの宿」はウチの娘の一番のお気に入りらしい。なるほどね、そういえば私の人生でも、かつて「私、なにか間違ったこと言ってますか〜?」と言うような人にロクな人はいなかったなぁ、と。

また、共演の二人(左右田 一平と島田順司)の掛け合いもいい。「武士渇して盗泉の水は飲まず」なんて今の人たちに最も不足しているセンスではなかろうか。こんなセリフがサラッと出てくる。くどくどと説明する代わりにさらっと出てくるところが実にいい。そうね、最近よく見聞きする「私はカワイソーな人だから悪いけどそんな余裕はない」みたいなのが今の潮流で、まあ日本人も落ちたものだなぁ、と。以前働いていた会社でもスタッフにいた。離婚してカワイソーだかららしいが、3日に一度「悪いけど私はこうするしかないの」みたいな話を聞かされて「そうなの、たいへんだね」とテキトーな相づちを打っていたが正直うんざりだった。最近ではパキスタンの貿易相か何かが会見で「パキスタンはカワイソーな国だからロシアから安い原油を買うけど許してね」みたいなことを言っていた。黒澤映画「七人の侍」で三船が「かわいそうなヤツは大嫌いだ」と言うシーンがあるが、まさに同感である。誤解のないように言うと自分で自分のことをカワイソーと言うヤツのことである。

掛け合いと言えば、奉行所同心と岡っ引き2人の掛け合いもおもしろい。またこの3人、決して説明的でない用心棒の言葉に??となるのが逆にこちらに理解の機会を与えてくれて心地よい。実に話の組立てがうまいのである。

そしてこの「掛け合い」が楽しい。何度も言うが低俗な関西お笑い芸人の「何か言わせて揚げ足を取る」みたいな掛け合いとは大違いなのである。

この同心岡っ引きトリオの掛け合いはあまり教養がなくとも理解できる内容なのに対し、左右田 一平と島田順司の掛け合いはある程度教養がないと理解できない内容になっている。こういうところも重層的でおもしろい。

さて、娘のお気に入りは「白い目印の宿」だが私はなかなか1つに絞り込めない。2つ選ぶなら第1作第24話「拾った道」と3作19話「半鐘は二度鳴る」かな。「拾った道」は花園ひろみ演じる殿様の求婚から逃げてきた娘がなかなかよい。この女優、いくつか時代劇に出ているがちっとも魅力はない。だがこの「拾った道」だけは例外的によい。「半鐘・・」の方は始まって30分くらいまでは何が何だかさっぱりわからないところがいい。観終わってわかる、この話はミステリーだと。ミステリー映画などは、観る側もミステリーと知って観始める。まあそうとわかって観るのだからお化け屋敷みたいなものである。だがこの時代劇はそうではない。はじめの30分は表面的なことは除き、何が起きているのかさえよくわからない。観終わって「これはミステリーなんだ」と気づくことになる。おもしろい。

2024年5月19日日曜日

コンピューターラックの掃除

 今朝は暖かかったがうどんにした。いつものゴボウのかき揚げうどん。

うどん

出汁はかつお節を削って取る。かつお節を削るのは娘の仕事、かんなでせっせと削る。うどんは食感がいい生麺を使う。ごぼう天はたっぷり作ってたっぷりのせる。家族みんな大好き。真夏でも作って食べるくらい。



さて、今日は毎年恒例のコンピューターラックの掃除をした。仕事で毎日使うコンピューターなので結構ホコリがたまる。

コンピューターラック

このラックは作業机の下にあり、コンピューター3台とハードディスク10台などを入れてある。2年前に作り、毎年5月に掃除をすることにしている。

掃除は結構時間がかかり、ほぼ1日仕事である。ついでにレイアウトや配線の見直しもするからである。まず接続状況をすべてメモし、機器の取り外し、そして外した機器の清掃をする。掃除機とエアーダスターと固く絞った布地で掃除する。ちなみにコンピューター内部の基板などは掃除機は使わない。静電気で壊れしまう可能性があるので。エアーダスターで吹き飛ばすのがよい。でもホコリのたまる吸排気口まわりは掃除機に限る。エアーダスターを使うとホコリがものすごく舞うし中にも入っていってしまうので。エアーダスターを使う時は外に持って行ってかけた方がよい。

次に配線のタグを必要な部分は付け直し、ファンも掃除する。

最後に機器を戻し配線して完了となる。

この作業は休みの日に行う必要がある。何しろ掃除のあいだコンピューターは使えない。何か急ぎの依頼や問い合わせがあってもどうにもならない。休みの日ならその心配はない。理想はゴールデンウィーク中に行うことだが、今年はその時間がとれなかったので、今日になった。

さてこのラック、ハードディスクの下はチャンバーになっていてファン2台でチャンバーに空気を送りハードディスクが置いてある棚板の孔からの空気でハードディスクを冷やすようになっている。これが結構効果的で、ハードディスクの筐体はまったく熱くならない、暖かくすらならない。ハードディスクは温度が上がると故障確率がかなり上がるので冷やして使うのはとてもたいせつなこと。ハードディスクそのものにも小さなファンが付いているが決して十分ではない。ウチではレスポンス重視なのでハードディスクは回転を止めない。従って熱も持ちやすい。先日うっかりファンを回さずに仕事をしていたら2番のハードディスクが落ちてしまった。幸い再起動したら元に戻ったが、このハードディスクはやや怪しい。すぐに代替えを注文した。今日届いたので組み込んで現在データの移植中である。もちろんファンは全開で冷却しながらである。

データ、特に仕事のデータは消えたらおおごとなので、常にバックアップを取り万全を期している。バックアップはもちろん別ボリュームに作っておき、バックアップソフトで毎日差分バックアップをしている。これで万が一の時も最大で1日分の作業の損失だけとなる。

理想はこんなにたくさんのハードディスクを使わずにもっと容量のあるものを半分くらいの台数で使うことだ。だが買い換えるとなると4台で30万円くらいかかる。なので台数が多いのはちょっと面倒だが無駄な費用は極力かけたくないので、この有り様となっている。ちなみに今回の追加1台を含む11台の構成は、8TBが5台、4TBが5台、3TBが1台である。買い換えるとなると14TBを4台だろうか。7万円強が4台で約30万円となる。結構の出費である。

このラックはハードディスクを11台並べて設置できるようデザインしたので今のままで問題ないのである。チャンバーからの送風口も11コ分ある。

また今回裏側の配線の整理整頓も行った。

ラック裏側

写真では配線がごちゃごちゃしているように見えるが、実はこれでもかなりすっきりまとめている。要は配線が非常に多いのである。だから裏側は熱は通して中は見えないようにメッシュのカバーを付けている。


カバーを付けた状態


さて、のんびり作業したので夜までかかったが、ようやく終わった。あとはデータの移植だがこれは寝ている間に一晩かけてのんびりやってもらえばいいので、つけっぱなしで寝ることにする。

翌日、データの移植が完了したのを確認し、ついでに今まで使っていた元のハードディスクをチェックしたが、今のところ問題なさそうなのでこれをダブルバックアップ用のディスクとして使うことにした。ダブルバックアップは週に1度である。これには理由がある。うっかり消してしまったデータを気がつかずにバックアップを実行してしまったときの保険である。まあ10年に1度くらいだろうか。そんなことが起きて役に立つ日があったとしても。

2024年5月17日金曜日

マルチアンプ、チャンネルデバイダーの調整

今日は朝から打合せ、超満員の地下鉄でクライアントのオフィスへ向かう。やれやれ。まあ仕方がない。コロナが契機で働き方の多様性が進んだと思っていたが結局ほとんど元に戻ってしまったのだろう。これは私見だが、報告だけの会議でもっともらしいことを言って仕事をしたつもりになる人や、何となく家に居にくい人が一定数いると、オフィスにいることが重要になり、もうどうしようもないのである。元に戻るのである。私も以前働いていた会社ではほぼ会議のすべてが報告を主としたものだったのを思い出す。

さて、気分を変えて。久しぶりにじっくりレコードを聴いた。仕事は忙しいがこういう時間も大切である。古いジャズ、ブルーノート。カートリッジはデンオンの方。うちにはレコードプレーヤーが2台あり、1台はデンオンのMC、もう1台にはオルトフォンのMCが付けてある。レコードプレーヤーが2台なのでフォノイコも2つある。

デンオンはケンブリッジのフォノイコ、音の傾向は比較的力強く、MCだがMMに近い音。

オルトフォンは昇圧トランス経由でロクサンのフォノイコ。低電圧MCの繊細な音。

なんとなく古いレコードはデンオン、新しいのはオルトフォンで聴くことが多い。だから今日はデンオンにした。コルトレーンとハンク・モブレー。

先日故障で交換したチャンネルデバイダーの微調整はまだだが、聴いていて不自然さはないのでまあいいだろう。チャンネルデバイダーとは別名クロスオーバーネットワークともいうが、スピーカーの低音、中音、高音を分けるための装置である。通常スピーカーの箱の中に入っているが、マルチアンプではアンプの手前で分けアンプを複数台使う。ちなみに全帯域を1つのユニットで受け持つフルレンジスピーカーには当然クロスオーバーは不要である。分ける必要がないからである。スピーカーの箱の中に入っているものはクロスオーバーネットワークと呼ぶが、アンプの手前で分ける機器は同じ名前では都合がよくないのでチャンネルデバイダーと呼ぶことが多いようだ。

ウチのスピーカーは3ウェイのマルチアンプである。チャンネルデバイダーのクロスオーバー周波数はLow-Midが1.4kHz、Mid-Highが9kHzに設定してある。それぞれのユニットの周波数特性はウーファーは30センチコーンでf0(25Hz)〜3.5kHz、ミッドレンジはドライバー+木製ホーンで800Hz〜20KHz、ツィーターはホーンで5kHz〜35kHzである。つまりクロスオーバー周波数はLow-Midは800Hz〜3.5kHzの間、Mid-Highは5kHz〜20KHzの間で決めることになる。

ただしたとえウーファーの上が3.5kHzまでとしても3.5kHzギリギリまで引っ張るのは良くない。せいぜい2.5kHz、理想は1オクターブ余裕を見て1.8kHz程度にした方がよい。MidやHighの下側はさらに安全を見た方がよい。これには2つ理由がある。1つはクロスオーバー周波数が仮に10kHzとしたら、つまりツィーターで言えばの再生下限は10kHzということだが、10kHzでバッサリ低音側をカットするのではなく、10kHzから徐々にゲインを下げていって1オクターブ下がったところ、つまり5kHzで元の音圧の6dB減衰や12dB減衰や24dB減衰ということなので、少し余裕を見てカットした方が良い、というのと、もう一つはユニットの得意な部分を使ったほうがよいという理由だ。食べられるけどあんまりおいしくない部分は使わずにおいしいところだけ使って料理しましょう、ということだ。ちなみにチャンネルデバイダーの標準的な減衰率は24dBである。うちのもそうである。6dBが1/2なので24dB減衰ということは、1オクターブ下がれば1/16になるということである。つまりゼロにはならない。

特にホーンは下側をギリギリまで使うと明らかに音が悪くなる。いわゆるホーン臭さが出る。ということで我が家のステレオに当てはめればクロスオーバー周波数はLow-Midは1.5kHz〜1.6kHz、Mid-Highは10kHzあたりが目安となる。あとは音楽を聴きながら調整すればよい。最後は耳が頼りである。

クロスオーバー周波数が決まればあとはゲイン調整だけである。ゲイン調整はウーファー、ミッドレンジ、ツィーターの音の大きさを揃えることである。基本的にはクロスオーバー周波数のサイン波を再生して各ユニットの音の大きさを揃えればよい。耳で聞きながらでもできるが単純に音の大きさなのでマイクで拾ってテープレコーダーなどのVUメーターでチェックすれば正確に合わせられる。

ちなみにアンプは3台とも同じものなので、単純にはスピーカーユニットの能率でゲイン調整はほぼ決まる。ホーンドライバーやホーンツィーターは能率が高く、コーンスピーカーは能率が低い。最近流行の小型スピーカーでウーファーが20センチ以下のものなどはスピーカーのコーン紙を重くしてf0を稼いでさらに製造コストを下げる方針なので能率はかなり低い。だが昔と違って安いデジタルアンプでも100Wくらい出るので仮にスピーカーの能率が80dBでも音量的には問題ない。だが私の経験では能率の悪いスピーカーは音はあまり良くない。これは一概には言えないが能率が良い(高い)スピーカーと悪い(低い)スピーカーではアンプで同じ音を出してもスピーカーから出てくる音の大きさはずいぶん違う。能率95dBのウチのウーファーと最近多い背の高いタイプのスピーカーのウーファーはだいたい85dB以下で10dBくらい違うが音の大きさは3倍も違う。だが歪みも3倍違うかといえばそうでもないように感じる。つまり能率が1/3になっても歪みは1/3にはなっていない。ここで注意点だが歪みというのは広義では雑音の類だが、アンプなどのザーとかサーとかいうノイズとは異なり、音楽の奇数倍音を主とすることが多い。つまり普通に聴いていると歪みには気が付かないことも多い。簡単にわかる方法がある。少しボリュームをあげる。すると音が大きくなった以上にウルサイと感じるのが歪みの多いスピーカーの特徴だ。わかりにくいように聞こえるかもしれないがかなり違いがはっきり出る。

さて、我が家のスピーカーは低音は30センチコーンで95dB、中音、高音は105dBくらいである。ウーファーの95dBは決して悪くはないが、高効率のホーンやドライバーに比べるとあきらかに能率が悪い。その昔30センチや38センチを2コなんてスピーカーがあったが、あれは2つにして能率を上げ、ミッドやハイのホーンに合わせるためだった。

さて、ということで私はどうやっているかと言えば、中音と高音はパワーアンプのアッテネーターでマイナス8dB調整し、残りをチャンネルデバイダーのゲイン調整つまみで微調整している。非力な真空管アンプでアッテネーターで減衰までしても家が壊れるくらい大きな音が出る。




2024年5月14日火曜日

ハンバーガー

 久しぶりにハンバーガーをつくった。うちは牛肉ではなく豚肉を使ってつくることが多い。豚肉の方があっさりしていておいしいと家族みんなが言う。わたしもそう思う。

黒豚の挽肉3パックとタマネギ

材料は豚挽肉とタマネギだけ。あとは塩とこしょうと焼くためのオリーブオイルくらい。卵やパン粉は絶対加えてはダメ。不味くなる。


タマネギ1コ半をみじん切り

最初にタマネギをみじん切りにする、泣きたくならないようにするには包丁をよく研いでおけばよい。またはタマネギを冷蔵庫で冷やしておくのも効果的。


テフロンのフライパンでかるく炒める


中火でタマネギを炒める。色が変わるほど炒めてはだめ。しんなりするくらいでよい。油は使わない。だからテフロンのフライパンがよい。


このくらい炒めれば十分


次に豚挽肉をフードプロセッサーでこねる。ボウルに入れて手でこねるにはだめ。時間がかかりすぎて疲れる。フードプロセッサーにかけるときは塩を加える。


豚挽肉をフードプロセッサーでこねる


肉は塩を少し加えてこねるとかなり粘り気が出て十分形がまとまる。パン粉や卵をつなぎに入れなくても全く問題ない。むしろ卵やパン粉は味が悪くなるので使わないほうがよい。これは牛肉を使うときも同じ。フードプロセッサーは低速で3分くらいこねる。うちのフードプロセッサーは山本電気という会社のだが、モーターのパワーが弱くて頼りない。すぐに過負荷で止まってしまう。こういうのは業務用かアメリカ製がよいかも。

話は変わるが、ジューサーで以前、ティファールとかパナソニックとか使ってみたが氷を入れるとまるでダメで全くオハナシにならなかった。それでアメリカ製のバイタミックスに変えたのだが、まるで違った。そりゃもう全然違った。もう何年も使っているがすこぶる快適。パワーは重量挙げの選手と幼稚園児くらい違う。おおげさではない、本当にそれくらい違う。

さて、肉をこねている間、タマネギのみじん切りはフライパンごと扇風機で風を当てて冷ましておく。ここで十分冷ますことがたいせつ。ぬるいと挽肉を混ぜたときに肉の脂肪分が溶けてベタベタして作りにくい。

フードプロセッサーの挽肉に冷えたタマネギを入れて再び低速で混ぜこねる。十分混ざったらタマネギを炒めたフライパンに空けておく。皿でもよい。黒こしょうを振りかける。


黒こしょうをすこし多めにかける(火にはかけない)


テキトーな分量で丸めてフライパンに並べておく。

テキトーな大きさで丸めておく


これであとは焼くだけになった。焼くのはテフロン加工ではない鉄のフライパンがいい。よく熱して油を回してすてて、少し冷ます。


焼く

中火で焼く。フタはしない。

裏返して焼く


塩を加えてしっかりこねたので型崩れしない。


パンを焼いて、マスタードを塗りレタスやトマトといっしょに焼きたてをはさんでハインツのトマトケチャップをかけながら食べる。

食べるのに忙しくて完成品の写真を撮り忘れた。悪しからず。

これは以前作ったときの写真。まあ、だいたい同じなので・・・

ハンバーガー


今回のとはパンがちがうけどまあいいだろう。パンと言えば最近ニュースでパスコのパンにネズミの死骸が入っていたというのがあった。こういうことが起きると企業の体質が明らかになる。なるべくはやく火を消して損失を最小限にしよう、という企業と、あってはならないことが起きたのだから損失よりも何が何でも原因究明と企業体質の改善に全力を入れる企業と。残念ながら後者は少ない。パスコもそうだ。全ラインを止めるべきだった。企業のHPには5月7日付けの突っ込みどころの多いお知らせとお詫びがあるが、その後1週間経ったがその後の報告はない。ウチでは時々マフィンを買っていたが今後2度とパスコのパンを買うことはないだろう。

ちなみにねずみの入っていたパンは「超熟」という食パンで商品のキャッチコピーが「余計なものは入れない」らしい。



2024年4月26日金曜日

ゴールデンウィーク

 連休中も仕事はあるが、それでも電話やメールも来ないので、完全に自分でスケジュールを組むことができる。だから仕事は8件ほどアクティブだが他にやりたかったことをするチャンスである。今年は延期になっていた図書室の改装とそれに伴い本棚を製作する予定だった。本が入りきらないのである。

ところが先週末から足に傷みがあり、数日前についに歩くことも困難になってしまった。やれやれ。不幸中の幸いは先週は毎日打合せで外出だったが、今週はなぜかすべてオンラインミーティングだったこと。出かけないですむのはホント助かった。さてこの足の痛み、原因はわからないが、今日は傷みが少し引いたので病院に行った。X線検査で骨にも関節にも異常なし、ばい菌が入ったとしたら歩かずと痛いはずなのでこれもなし。ということで原因はわからないが「たぶん腱鞘炎」との診察結果。ちなみにX線検査の際、びっこを引いて歩いていたら医者が、え!そんなに痛いの?と聞かれた。そう、普通には歩けない。病院まで歩くのも大変だった。びっこひきながら歩いていると足がつりそうになる。で、治療は湿布と痛み止めだったが、痛み止めはなしにしてもらい湿布薬だけにした。そうは言わなかったがこの手の痛みは痛みだけ抑えても場合によっては治りが遅くなるだけだ。だから痛み止めはなしにしてもらった。医師には我慢できないほど痛くなったらまた来ますのでそのとき痛み止めを処方してください、とお願いした。

さて、そんなわけで、ホームセンターには行けそうもない。仮に材料があったとしてもドカチン作業は足に負担が大きい、ダメである。

でもまさかこんなことになるとは思っていなかったので連休の過ごし方の代替え案は考えていなかった。医者には、痛みをこらえて無理しないこと、とも言われている。近所を少し歩く程度はまだしも、少し長い散歩すらできない。

そんなわけで、昨日から考えている。何をするかね。

と、それから2日ほど経ち、足の痛みはだいぶおさまった。何をするかは決まっていないが、まずは仕事を片付けることにした。その間に連休後半の予定を考えればいい。

さらに客先から着手したばかりの仕事に関して、少し急いでいるという連絡も入り、あまりのんびりもしていられないことになった。まあいつものことであるが。

今日は足の痛みもだいぶ治まったので新宿で何軒か買い物をして帰ったのだが、帰り道にまた痛みだした。やはり無理は禁物だ。

さて、足以外にも故障したものがある。メインのステレオ装置である。うちのステレオ装置は日頃仕事をしながら音楽を聴く装置と、レコードプレーヤーを使って音楽を聴く装置がある。故障したのはレコードを聴く方でクロスオーバーネットワークという装置の故障である。dbxの234xsという3ウェイ用のもの。修理はできないだろう、買い換えることにした。このdbx、発振するいやな壊れ方をしたので今回はdbxはやめてベリンガーにしてみた。


さて、結局休みらしい休みは1日だけ、サンドイッチを作って江ノ島に行ってきた。風があってのんびりお弁当というわけにはいかなかったが、まあまあ楽しめた。あまり多くは歩かない方がよいので砂浜でのんびりし、写真もほとんど撮らなかった。


往復のロマンスカーはまあまあ良いのだが、家族連れが多く、かなり社内がうるさい。まあ仕方がないが苦手である。文句を言う気はさらさらないが、次はヘッドフォンと音楽かな。

そんな訳で図書室は三たび延期となった。まあ仕方がない。仕事も予定より忙しくなったしそもそも足が完治するまで無理は禁物である。

今日は連休後クライアントとの打合せ。地下鉄の中でこれを書いている。現在アクティブでこちらのコートにボールがある案件が7件ほどになった。連休明けまでに2件終わって新規に1件入ったから。7件もあっていいでしょ、とかすごいでしょという意味ではない。私のような仕事では仕事の種類にもよるが同時3件程度では食っていけない。5件から10件必要だ。だから7件というのはまあまあということになる。

さて、地下鉄が地上に出た。降りる駅である。もう少し書きたいこともあったが、まあこれでいいだろう。

2024年4月18日木曜日

Macintosh MA6450の修理

 仕事をしながら音楽を聴くためのステレオのアンプ、マッキントッシュMA6450の調子が悪く、右チャンネルの音が出ないことがしばしばある。ボリュームをくるくる回すと直ったり、左右バランスをくるくる回すと直ったり、スピーカーAB切り替えをしたら直ったりと、これはどうもあちこち可変抵抗やスイッチの接点不良だろう。このアンプ、プリ部はお粗末で、ボリュームの可変抵抗などはあまり良いパーツは使っていない。可変抵抗器は良いものはそれなりにデカい。これのは小さい。

最近は毎回くるくる回してごまかしごまかし使っていたが、不具合の頻度が高くなり、これはちゃんと修理しよう、ということになった。内部ランプをLEDに変えたり、内部の掃除で完全にバラしたこともあるので、修理のポイントはほぼ見当もつく。まあ1時間くらいの作業だろう。

まずはラインやスピーカーなどの配線を外し、アンプを作業台へ移動、ネジを外してカバーを開ける。

MA6450カバーを外したところ


次にフロントを外し、ボリュームユニットの付いた基板を外し、基板上の可変抵抗のホールに接点復活剤を注入する。それぞれの孔にワンプッシュくらいとかなり多めに注入。タレてくるほど多いのは良くないが少々多めでも問題はない。接点復活剤はショートしたりしない。

接点復活剤



注入後はアンプに取り付ける前に何度も何度もくるくる回して薬剤をなじませる。接触不良の主たる原因は接点(金属)の酸化皮膜なので、念入りにくるくるすることで酸化皮膜を除去する。


基板を元に戻し結線し、フロントのプッシュスイッチにも接点復活剤を差し、元通りに組み立てる。アンプを元の位置に戻し配線後に音だしチェック。接触不良がなくなった。よしよし。これで数年は大丈夫だろう。



さて、今週は打合せが4件入っているので出かけることも多い。いい陽気なので散歩もよい。おでかけはフジの古いデジカメをポラロイドのように使っている。これが結構楽しい。

1枚目は散歩でオペラシティへ行ったときに撮った写真。

オペラシティ


次は散歩の途中、三井ビルでコーヒーブレイクの時に撮った写真。

三井ビル(TMA-1, Tokyo Magnetic Anomaly-1)←😁

3枚目は昨日打合せのときに撮ったもの、ただしカメラを忘れてこれはi-phone。

デッキ


4枚目は今日の夜、夕食を食べ過ぎて食後の腹ごなしで散歩したときに撮った都庁のプロジェクションマッピング。

都庁


すべてphotoshopのバッチ処理でポラロイド風に仕上げる処理をしている。バッチ処理を使えばたとえ100枚の写真でも2〜3分で処理できる。階調を落とし、若干アンダーにして最後に周辺光量を減らしリサイズして保存している。

最近ネットで、あえて昔風の画質の悪い写真を撮ることがトレンドとして一部で流行っているという記事を見た。まさにこれだなぁ、と思いながら自分で撮った写真を眺めている。「性能より味」というわけだ。



2024年4月10日水曜日

桜の写真と被写界深度

 用事で新宿へ出た帰りに桜を撮りに新宿中央公園の隣の熊野神社へ寄った。あまりいい写真が撮れそうもなかったが一緒の行った娘は熱心に撮影していたので、ふと被写界深度別で撮影をしてみた。被写界深度とはわかりにくい名称だが、ピントの合う範囲のことで、例えばカメラから4mのところにピントを合わせた場合、4mのところはピントが合うのは当然だが、少し近いところや遠いところにも同時にピントが合うかどうかのことである。ピントの合う範囲が広い場合、たとえば4mに合わせたときに1mから10mくらいまで合うような場合は「被写界深度が深い」、逆に4mのところだけピントが合い少し前や後ろはボケてしまうようなときは「被写界深度が浅い」という。この範囲はセンサーサイズやカメラのレンズの絞りによって変わってくる。撮影の時はセンサーサイズは変えられないので絞りで調整する。開放では「浅く」絞れば「深く」なる。

一般に「浅い」と背景がボケて写す対象、人物でも花でもそれが引き立って見えるので、プロっぽく見える。また開放f値が小さいレンズは値段が高いので、ガンバッテ買った高いレンズで背景がボケるとそれだけでうれしい人も多い。まあ気持ちはわかる。

例えばキヤノンのレンズで50mm、f1.8なら3万円くらいだがf1.2だと15万円くらいと5倍も値段が違う。もちろん値段の差は開放f値のみが理由ではないが、5倍も高いレンズをガンバッテ買った人はパンフォーカスなんて頭に浮かばないというものだ。まあいいけど。

さて、私と娘があれこれ撮影しているとき、カミさんはヨコでのんびり桜を眺めていた。この際、カミさんが一番時間の使い方がよい。

さて、カメラはオリンパスのEM-1IIでレンズはフォーサーズの50ミリマクロ。

f2.0

f3.5

f5.6

f9.0

f14.0

さてさて、スペック偏重のカメラオタクは絞りを9.0以上に絞ると解像度が低下するなどと言っておるがあまり気にする必要はない。14まで絞ると結構ピントの合う範囲が広い。このくらいも良かろうと思う。安いレンズであまりボケを気にせず撮るのもいいということだ。

f2.0


f3.5


f4.5


f5.6


f9.0


f14.0

2枚目、こういう構図はf2.0がいい。フォーサーズはボケないがまあこれくらいでもよいだろう。
フォーサーズは単焦点でまあまあ明るい安いレンズに力を入れるべきなのだろうと思う。
さえないジャンバー着てつまらない顔して高級カメラで下手っぴな写真を撮っているおっさんのヨコで、軽い軽いフォーサーズでセンスある写真をパシパシ撮るのが良かろうと思う。

まあ、かく言う私も今日は実験とはいえ、つまらない写真を撮ったものだ。