2025年6月29日日曜日

SigmaのRAW現像ソフトSigma Photo Pro

 久しぶりに写真のこと。今日は仕事の合間に私が撮影した写真のデータベースを眺めていたら、DP2merillで撮影した女性ポートレートの1枚が以前のRAW現像に気になる部分を見つけたのでもう一度現像することにした。

写真データベース

私はポートレートでも花でも風景でも何でも撮影した写真は1週間以内に最初のRAW現像をすることにしている。これはRAW現像の際、撮影のときのイメージが消えてなくなる前に現像したほうがよいと考えているからで、1週間以内であれば感じたこと、話したことや雰囲気、その時の気分みたいなものもまだ頭に残っている。RAW現像ではパラメーターを変更することで調整できる幅は結構ある。だから例えば夕焼けだったらもっと赤い方がキレイ、もっとコントラストを上げた方が・・・と撮影の時のイメージとは明らかに異なる方向へも持って行くことができる。SNSやYouTubeにアップされているものはそういうものが多い。彩度をかなり上げて地面の日陰が不自然に青くなった画像や動画は普通によく見る。それがダメとは言わないが、「いいね」ほしさためだけの薄っぺらいものに私には感じられる。もっと大切なものは自分の中にあるはずだ。だから1週間以内に現像し、そのときその空気を再現するようにRAW現像を行う。いったんそうしてできあがった画像はリファレンスとして残るので、仮にRAW現像をやり直すときもそれがガイドとなってくれる。風景だけでなくポートレートや花でもだいたい同じだと感じている。

具体的な現像のプロセスは、始めに全撮影データをカメラのメモリーカードからMacの新しいフォルダへコピーし、そこにJPEGやRAWといった名称のサブフォルダを作り、撮影データを分けて入れる。実際にはカスタムアイコンをつけたフォルダセットが作ってあるのでそれをコピーし、そこに分類する。

フォルダセット


次にRAW現像だが、撮影は時に数百枚になることもあるので、当然すべてをRAW現像はできない。撮影時にRAW+JPEG最高画質で保存するので初めはJPEG画像を見ながらハネる写真を決めていく。ただし削除はしない。Macのファイルラベルを使う。ピンボケやまちがえてシャッターを切ったりした明らかな失敗は「青」のラベル。また構図や表情が今ひとつでダメかもというものは「緑」のラベルをつける。かなり厳しく査定する。そうするとラベルのついていないものは平均すると半分くらいになる。これも実際には撮影により9割ハネる時もあればほとんどハネるものがない場合もある。半分は実感としての平均である。次にJPEGのラベルと同じラベルをRAWファイルにも付け、次に残った写真から良さそうなものをえらび現像しながら「黄色」や「オレンジ色」のラベルを付ていく。それらはPhotoshopファイル形式でPSDフォルダに保存するので、現像後はPhotoshopでレタッチを行う。通常はAdobeのCamera RAWにより現像からレタッチまでシームレスに作業することができる。

ただし、DP2merillはセンサーが特殊で汎用のRAW現像ソフトつまりCamera RAWが使えない。Fovionというセンサーのためである。なので現像にはシグマが提供するPhoto Proを使う以外方法がない。細かな設定なしでただ読み込むだけならPhotoshopプラグインも用意されているが、調整できないRAWなんて意味がないのでここでは触れないことにする。私も一度インストールしてすぐに消してしまった。

さて、そういう訳でSigma Photo Proで現像したデータをTIFFに書き出し、それをPhotoshop でレタッチを行うわけだが、以前も書いたがSigma Photo Proは動作がすごく遅い。調整のパラメータを少し変更するだけで一呼吸待つ必要があり微調整に時間とても時間がかかった。こう言っては何だが「Pro」が聞いて呆れる使い勝手だった。

私のMacはM1ultraのMacStudio だが、このソフトを使う限りお世辞にもその性能を活かしているとは言えなかった。だからポートレート写真集の制作にあたり、RAW現像をやり直しているのだが、このカメラで撮影したデータだけは何となく後回しになっていた。そんなわけでしばらく使っていなかったのだが、今日起動するとアップデートの案内が出た。以前もアップデートで期待したが結果は変わらずで、今回もそうかなと思いながらもインストールして起動したら、あら不思議だいぶ速くなっていた。どうして?と思いシグマのサイトを見ると、少し前にアップルシリコンにネイティブで対応したと書いてあった。うーん、これかな?

まあいい、どうにせよこれでRAW現像のストレスからだいぶ解放される。RAW現像のやり直しができる。

ところでシグマはまだこのFovionセンサーの新型開発は諦めていない、「開発中」と正式にアナウンスしているが、シグマには申し訳ないが私はもう新型が出ることはないと思っている。なのでこのDP2merillを大事に使って、壊れたらそれまでである。もう少し言うとシグマのような会社では「チャレンジし続ける企業」としてのブランディングイメージが最も大切で、そのために表向きセンサーを開発しているという態度を取っているにすぎない、と感じているからだ。もちろん全く開発していないものを「している」というのは嘘になる。だから年間僅かな予算はつける。どこかの大学と共同研究にでもすれば活動としてはおもしろいかもしれないし費用も大幅に抑えることができる。仮にFovionに確実な勝機があるならフルサイズの前にAPS-Cで新商品をとっくに出しているはずだし、衰退が続くカメラ業界で何年も先の見えない開発にリソースを割く余裕のある会社はないからである。

さて、以前撮影したデータのRAW現像をもう少し追い込んでみたいと思っていたので、今日はよい発見をした。

さっそく2枚だけRAW現像してみた。白黒前提で撮影したポートレート。

Sigma DP2merill F3.2  SS1/160 ISO400


Sigma DP2merill F3.2 SS1/125 ISO400

こうしてレタッチを終えた写真はキャビネサイズでプリントしチェック、必要に応じてレタッチを加えたり再度RAW現像からレタッチを行い再びキャビネでプリントし、よければA4サイズでプリントすることにしている。したがってプリントした写真の枚数は結構多い。キャビネのアルバムが30冊くらい、A4サイズは300枚くらいを5冊のファイルに入れてある。さらにその中からA3やA2でプリントする写真を決める。このプロセスは実に楽しい。A2サイズがプリンターから出てくるのを見ているのは今でも飽きない。

私は写真はプリントすることで作品としての命を持つと信じている。パソコンのモニターで見る写真がダメとは言わないが、プリントとは大違いなのである。例えて言うなら音楽のコンサートでの生演奏とレコードやCDくらい違うと感じている。トーレンスの520+オルトフォンMC20、真空管アンプ3台のマルチアンプで大型スピーカーの我が家のステレオ装置でもコンサートホールで聴くのと比べたらオハナシにはならないのである。

ただしパソコンで管理するのはプリントをファイルで管理するのに比べ利点もある。だからキャビネでOKまでいった写真は前述のデータベースにいれる。データベースのよいところは他のファイルとの関連を見たり撮影情報などを見られることである。

最後にDP2merillでのポートレートは白黒だけでなくカラーも挑戦したが人工照明下で発色が安定せず、黄色の偽色の発生などに悩まされた。今考えれば意地を張らずに白黒専用カメラとして使えばよかったと思っている。ま、いいけど。

逆にこのDP2merill、白黒写真専用カメラとして使うならまだまだ使えるということで、今でも時々持ち出しては遊んでいる。





2025年6月26日木曜日

ウォーキングと健康管理と仕事の環境

 毎日暑い、天気が良ければ気温は35度近くまで上がるし、雨の日は湿度100%で蒸し暑い。かかりつけの医者からウォーキングで毎日8000歩ほど歩いてください、と言われている。約4キロである。

炎天下の下4キロ2時間近く歩くのは健康にかえって悪そうに思う。雨の日も同じ、濡れながら足元が滑りやすいのに2時間も歩くのは現実的ではない。

と、ここまでは愚痴である。だから「できない」ではあまりに能なしである。仕事でも趣味でもあきらめの早い人は何をやっても絶対うまくいかない。すぐに「わたしにはムリ」なんて人とは付き合いたくない。こう言っては何だが「無理無理病が伝染するから」。

で、かかりつけのお医者は埼玉にイオンモールがあってその中を歩くのがいいですよ、と教えてくれた。ま、そういうのもアリかもと家族で出かけた。

レイクサイドタウンモール

調べると越谷レイクサイドタウンというモールらしい。新宿からは少し遠い。埼京線でナントカ浦和で乗り換えてさらに武蔵野線というローカル電車で、とナビに出た。埼京線はすごく混むので使いたくない。別ルートを調べたら大江戸線で新御徒町乗り換えでつくばエクスプレスという、寝過ごしたらその日のうちに家に帰れなくなるような名前の電車に乗って途中のなんとか駅で武蔵野線に乗り換えるルートをみつけた。これなら家からずっと座って行けるかも。その予想は的中で家族みんなでのんびり座ってモールの駅に着いた。なるべく歩くことを心がけながらショッピング。たしかに歩数は出てその日は1万7千歩だった。でもショッピングしながらのんびり歩いてもあまり運動にはなっていないように思う。

また往復も含め、ほぼ丸1日つぶれてしまう。仕事が忙しいときはとてもじゃないがこんなことできない。

実はその前に梅雨になったらモール歩きもありかも、というのは自分でも考えていて6月の始めに豊洲のなんとか言うモールに出かけたのだが、その時もまあまあ歩数は出たのだがやはり運動とは少し違うかなとは感じていた。だが埼玉の方はすごく広いので豊洲よりは運動になるかもと考え、加えてカミさんと娘もうれしそうに「行く行く!」というので行ったのだが結局運動にはならなかったのである、残念。

豊洲から日本橋への船、海上自衛隊の新型小型ミサイル艇といった感じ

豊洲の時は帰りにIHIの旧ドックから船で日本橋まで行けるのを知った。こんなちっこいドックで船を作ってたんだね。ちなみに今は豊洲と呼んでいるがここは旧石川島で、IHIの最初の「I」は石川島の「I」である。

で、その小さなドックに船が泊まっていて、「あと5分で出ますよ〜」というので乗ってみた。運賃はたったの500円。それで20分くらいだったけど隅田川のプチ船旅を楽しめてそれだけは良かった。

さて話を元に戻そう、ウォーキングである。以前は大げさなのはイヤなので「散歩」と呼んでいたが最近は「運動」を意識して「ウォーキング」と呼ぶことにしているが、梅雨から夏季にどうするか。

残るは新宿の地下道や中野や阿佐ヶ谷の屋根付きの商店街などかな。でも両方とも人が多い。特に商店街は混んでいるところを行ったり来たりなんて現実的ではない。新宿の地下道も人は多いし、とその時ふと思いついた。新宿よく使う西口から三井ビルまでの地下道(4号街路)や東口と西口をつなぐメトロプロムナードは人が多いが、アイランドタワーから都庁前駅を経由して甲州街道から新宿南口に至る経路はそれなりに距離があるが人は少ない。試しに歩いてみることにした。あまり涼しくはないのはちと辛いが炎天下や雨の中よりはマシだ。人もまあ少ない。梅雨と夏はここを歩いてみよう。で、飽きたらまた考えようかね。

さて、今日は雨が降ったりやんだりだったが夕方にはもう降りそうもなかったので蒸し暑いが笹塚まで歩くことにした。このルートは実は割と歩きやすいルートなのである。なぜなら西新宿から笹塚の手前まで神田川の支流である和泉川暗渠の上が遊歩道になっているからで、もちろん屋根はないが雨さえ降らなければそこそこよいウォーキングコースになっているからだ。笹塚に着いたらクイーンズシェフというスーパーマーケットがあるので少し買い物をしたりもできる。休憩したくなったら駅ビルの2階に喫茶店もある。

ちなみに私は健康オタクではないので、怪しい健康法や怪しい食事習慣などにはまったく興味がない。ヘンテコな器具を買ったり身体にイイからとなんでもかんでも酢をかけたりゴマをかけたりとかはしないという意味だ。これは私の考えで私は専門家ではないので確証はないが、食事を例にとってみると、身体に良いものというのは一定量以上の摂取は無意味で、元々どんな食品も良い部分と悪い部分があって、取り過ぎると良い部分はある程度以上は意味がなくなり悪い部分の影響が出てくる可能性が高いと思っている。また栄養士の人には申し訳ないが、栄養学なんてものにはあまり意味がないとも思っている。よほど偏った食習慣は別にして、おいしく料理ができれば比較的まんべんなく身体の欲するものは取ることができるので、要は栄養ではなくおいしく料理することの方が100倍意味があると考えているからだ。料理の下手な人は野菜が不味い。そうすると野菜を食べない。でも栄養学的に野菜を食べる必要があるから、まずいまずいピーマン料理を食べる。そんなものが身体にイイわけがない。ピーマン100グラム食べたのでOKではないのである。

あと、ピーマンついでに言うと子供でピーマンが嫌いという場合、間違いなくお母さんは料理が下手であると自信を持って言える。

ピーマンはちゃんと料理したらすごく美味い。子供たちは目を輝かしてパクパク食べる。そしてそのように食べたピーマンだからこそ身体によいのである。

食事以外では、入浴はシャワーだけで済ますのはやめて湯船につかるようにしている。私が心がけているのはそれくらいだ。なぜ湯船かといえば、湯船につかってくつろぐのが好きというのが一番だが、それだけでなく、これも私は専門家ではないので確証はないが、身体を温めることが病気の予防にある程度効果があると思っているからで、例えば風邪を引くと熱が出る。怪我をしてばい菌が入ると患部のまわりが腫れて熱を持つ。これは熱によって身体を元に戻そうとする働きが起こるからではないかと考えている。もちろん熱が上がりすぎると良くないし怪我も化膿して熱を持っている状態で放っておくのはダメだが、熱には身体を正常な状態に戻す作用があるように感じている。だから湯船に、少し熱いといっても43度くらいでよいのだが15分か長ければ30分くらいゆっくり入ると身体に良いというのが私が感じていることだ。のぼせるときは窓を開け、入り口の扉も開けて涼しい空気を入れる。それでも30分の時は途中でぬるい水に近い温度のシャワーを浴びたり、しばらく湯船から出てまた入ったりしている。入浴後は涼しい風をあびて水分をたっぷり取る。すごく気分がよい。

我が家は古い古い木造住宅だが改修の時、浴室だけはユニットバスだが一番大きいサイズにした。体育座りで湯につかるのは嫌だったので。足は伸ばしてのんびりしたいのだ。大工は工事が大変だとブーブー文句を言っておったが・・・。


さて、仕事が結構忙しくなってきた。

黒板とカラーマグネット

現在仕事は14件、怪しい引き合いはあと2件くらいあるがそれは来てから考えるのでここには書かない。14件中こちらにボールがあるものが赤印で7件ある。この7件のうち3件は大物で数ヶ月かかる仕事でやるべきことも多いし難しいものもある。そして忙しさは8月末までは続く予定だ。その先はわからない。

去年は仕事をしすぎて、今年は税金がすごいことになっている。カミさんがケラケラ笑いながら住民税が来たよ、すごいよー、と言っておった。やれやれ。だから今年の仕事量は去年の半分くらいがいいかなと思っているのだが・・・

さて、黒板の写真のついでにいつもの写真チェック。何度も書くが働く環境を抜き打ちで時々写真に撮って眺める。

まずはMacの作業机

Macの作業机

ここはいつもこんな感じ。かかりつけのお医者から水分よく取ってね、といわれたのでゴマ麦茶のピッチャーとコップは机の隅に置くことにした。あとは電卓だけ。これはここが定位置。

次にサイドデスク
サイドデスク

ここには仕事の資料が置いてある。スケッチブックは打合せのメモが書いてある。メモと言ってもほとんど単語が数行書いてあるだけで、どちらかというと客先でサラサラとスケッチを描いて見せるためにスケッチブックにしている。このスケッチを描いて見せるというのはデザイナーや建築士には絶対必要なスキルだと思っている。ちょっと散らかっているがここはこれでよいだろう。
次は本棚
本棚

まあ、いいかな。
最後に作業机
作業机

ここは使った物が出しっぱなしだった、反省、反省。黄色いファイルは昔作ったカタログを挟んでいるファイルの1つで、参考に古いカタログを探してそれをサイドデスクに置いて見ながら仕事をしていた。使い終わったらまたこのファイルに戻して本棚に戻す予定だったので出しっぱなし。緑のファイルは昨日の打合せに持って行ったファイルで、カバンから出してここに置いてあとで見ようと思っていた。その下はチェックする予定の今の仕事のプリントアウト。まだ終わってないのでここに置いてある。スタンプ台とスタンプは昨日の打合せ資料に日付スタンプを押してそのまま出しっぱなし。ドライヤーはシュリンクフィルムの作業が終わって冷やしてそのまま出しっぱなし。うーん。ちゃんと片付けないとダメだね。

今日は健康管理みたいなことを書いたのでついでに書くと、働く環境というのもすごく健康に重要な要素だと思う。だがコレは機能的な机と長時間疲れないイスがあればいいなんてことではなく、もちろんそれらも大切なのだろうが、もっと広い意味での環境作りが大切で、いい空気と水と光と音、ストレスなく使える道具たち、そしてたのしい遊び心のある空間が必要なのである。

いい空気と水と光と音とは、ちょうど良い室温で匂いはなにもないかあっても少し離れたところで炊いた竹のお香やネロリのアロマなど。だが僅かに香る程度でそれ以上はダメ。

お香を焚くミニ火鉢


光は明るい天井照明など捨ててブラケットやスタンドによる局所照明で各部空間を照明により演出するような見せ方を心がけること。水というのは麦茶のピッチャーとかね、これは今使っているのでも不満はないがもっといいものがないか探している。モールに行ったら必ずチェック。でもまだ決定打には出会っていない。こういうものはまずまずの物を買って、そのあと本当に良い物を時間をかけて探すしかない。

次に音、静かな室内で小さな音でよい音楽が流れていることが私の理想。BOSEやSONYではなく、品のある豊かな音空間。これには現状では満足している。今流れているのはIsabelle AntenaのOtra BeberaでスピーカーはヤマハNS1classic、アンプはMacintosh MA6450、とても気持ちがいい音で仕仕事中も気分がよい。

ストレスなく使える道具は私の場合一番大切なのはコンピューター、一番使っている時間が長いから。これにも満足している。今の環境はMacStudioでモニターはナナオのColorEdge、キーボードはLogitecのMX KEYS for MAC、マウスは同じくLogotecのPro X Superlight。どちらも純正より遙かに使いやすい。純正のキーボードやマウスはサブ機で使っているがメイン機はこれ。

道具はほかにもいろいろあり、先の黒板などもそうだが今日は省略。

最後に遊び心。これはどうでも良いなどと考えてはいけない。遊び心のない空間でよいアイデアなんて生まれない。少なくとも私には無理だ。名刺管理にローロデックスを使ったり、仕事場の壁に以前撮影した絵はがきサイズの写真を飾ったり、クリップボトルや電気スタンドなどなど、遊び心を考えた道具や小物で毎日楽しい。

絵はがきサイズにプリントした写真

電気スタンドとローロデックス

お気に入りの絵はがき(手前)と以前撮った花の写真

バレリーナの置物とフロントにヒビの入ったアンプ

でもこうして改めて眺めてみると、遊び心の方はもう少し何か変えてもいいように思えてきた。今のままでもダメではないが、少し飽きたのかな、それとも・・・






2025年6月19日木曜日

次の製作は

 毎日暑い、まだ6月中旬だというのにここ数日まるで真夏の陽気である。今日は打合せで飯田橋まで行ったが余りの暑さに少々バテた。iPhoneのお天気アプリで気温が34度だった。帰りにカミさんと娘と待ち合わせして、新宿住友ビルのよく行く店で冷たい物でも食べて帰ろうかと話をしていたのだが店がいっぱいで外にも並んでいた。どうやらイベントがあったようでそのせいだろう。仕方がない、あきらめて暑いが我慢してテクテク歩いて帰った。家でメロンのスムージーを作って涼んだ。

さて、外は暑いが書斎での仕事は冷房をガンガンかけて涼しい。Mac3台とモニター5台、それにレーザープリンターなどもあるが昼夜冷房を入れっぱなしなので問題ない。工房も昨年冷房を付けたのでここも大丈夫。工房が涼しいので工作ができるのがうれしい。というわけで仕事は結構忙しいが次に何を作るか検討中である。

候補としては

1.ゴールデンウィークにできなかったMacのラックの改修または作り直し。仕事が忙しいのでMacが使えない期間が何日も続くのはダメだが作り直しならMacが使えないのは入替期間だけなのでなんとかなるだろう。改良の場合、機器をすべて外しラックを工房へ運んでの作業となる。当然工房での作業中は機器は使えない。改良が仮に塗装も含めて3日程度だったとしても外して改良してもう一度機器を戻して配線し直してと最低4〜5日ほどかかる。仕事が忙しいので長期のブランクはあり得ない。

そこで全てを新調することを検討中なのである。これなら製作に1週間かかろうが1ヶ月かかろうが問題ない。完成して今のラックと入れ替える2日程度のブランクで済む。つまり入替を金曜の夜から始めて月曜の朝までに終えればよい。もちろん週末も仕事をするときも多いので、そんな時は次週以降に延期すればよい。要は平日だとお客から急ぎの依頼などが入ったら面倒、ということだ。週末にそんなことはまずない。絶対ではないが。

だから今回は改良ではなく新調かな、と考えている。

Macのラック(現状)

2.撮影用照明の改良。これは昨年末に製作した照明だが何度か実際の撮影で使った結果、いろいろ見えてきた改良すべき点への対応である。写真撮影の仕事は例年2、3件なので、道具にはあまりお金をかけられない。設備投資の金額は一概には言えないが5年程度で回収するとなると売上の10%程度をこれに充てるとすると2、3件では年にせいぜい数万円しかかけられないことになる。これは照明だけでなくカメラなども含めてなのでますます照明だけでにそれほど費用はかけられない。ただし今年は少し増え、すでに5回になった。金属板の撮影とその後の追加撮影、製作した遊園地のアトラクション模型の撮影、現在制作中のカタログに掲載する部品の写真とその追加撮影。このうち純然たる写真撮影の仕事は金属板の2件だけである。もちろん模型だって製作すれば必ず写真撮影は必要だし、カタログ用の写真だってきちんとした撮影を前提で依頼を受ける。

だが模型やカタログ用の写真は撮影費が結構安い。まあオマケ程度なので仕方がない。なので撮影が増えても設備投資にあまりお金はかけられないことに変わりはない。

そんな訳で照明器具などは自前でせっせと作るしかないのである。そんなことしないで撮影を写真のプロに頼めば、という意見もあるだろう。だがこの手の商品撮影などには撮影に何十万もかけられない。そうなるとプロと言ってもあまり写真はうまくないことも多い。これは今までの経験で言っている。彼らはスキルを上げようとはしないでいつものやり方でちゃちゃっと済まそうとする。

それとプロに頼んでも撮影には立ち会う必要があり、そうなると移動を含め半日潰れてしまう。つまりプロに頼んでも私の仕事は減らない。だからよほど大きくて家の撮影室では無理な場合以外は家の図書室兼撮影室に照明や背景を設置して撮影している。そしてほとんどな場合これで事足りる。

自前の撮影では背景や照明の設置に結構時間がかかる。だからここをなんとしたいというのが今回の改良の最大のポイントである。つまり今までの年に数回の撮影なら多少準備に時間がかかってもいいかな、だったのだが回数が増えるとそうはいかなくなるということ。設置のあと照明の当て方もいろいろ調整が必要でさらにその他の機器、Macや水準器などの設置調整を含めるとその時間の総和は無視できないのである。言い訳になるがまさかこんなに撮影が増えるとは考えていなかったのである。なので予算的には厳しいが快適な仕事環境のためもう少し手を加えようと考えている。

撮影用照明(現状)

3.書斎の小物収納の引き出し家具の製作。今使っているプラスチックの引き出しがどうにも使いにくく、また材質がプラスチックなので弱いし見た目も安っぽい。そこでこれを集成材で作ろうと検討中なのである。画材などが入っている。この手の引き出し家具は家具店でも売っているが、作りに無駄が多い。家具の奥行きは45センチあるのに引き出しの奥行きは35センチなんてものもざらだ。また見た目は良いが貼り物だったり、引き出しの底板がペラペラだったり、引き出しレールが弱いものも多い。かと言ってキチンとした家具屋で購入すると小さなものでも10万円を軽く超えてしまう。だから自分で納得にいくように作ろうと思っている。自分で作ればサイズも思い通りで何ら妥協する必要もないのも大きなメリットだ。幸い昨年テーブルソーとスライド丸ノコを導入したので木材であれば精度良くカットできるのでこれもMacのラックもそうだが作るのは楽しいに違いない。

プラスチック製の引き出し(現状)

4.オーディオ装置まわりの家具の製作。今年の初めにオーディオ機器の位置とメインのスピーカーの置き方を変更したのだが、それに伴ってスピーカー下に収納してあった道具箱などの置き場がなくなった。これはそのつもりだったので良いが、最近印刷物の梱包作業などでここのテーブルなども仮置き場として作業に使うことが多くなってきたのでもう少し作業しやすいようにスペースを改良したいと思っている。この梱包作業だが、カミさんと娘も手伝ってくれる。絵に描いたような3ちゃん経営の作業場状態なのである。だがカミさんも娘も楽しそうに手伝ってくれるのでみんなでワイワイと楽しい時間である。だからますます良い環境作りは大切なのである。梱包作業では印刷所から届いたダンボールを書斎に運ぶ(置き場所1)。ダンボールから印刷物を取り出しテーブルに載せる(置き場所2)。だいたい一度に取り出す量はダンボール1箱分だがそれでもかなり場所は取る。これをカミさんが数えながら25部とか50部にして別の場所に置いてゆく(置き場所3)。それを私がシュリンクフィルムで巻きシーラーで留めて娘の作業スペース近くに置く(置き場所4)。それを娘がドライヤーでフィルムを密着させシールを貼って別の場所に積んでいく(置き場所5)。最後にこれをダンボールに入れて封をする(置き場所6)。つまり置き場所は6ヶ所必要で、何より安全でかつ清潔で効率よく行うことが求められる。音楽を聞きながらハイ、ハイ、ハイと流れるように作業できればますます楽しい。そのための作業台をオーディオのリスニングスペースと兼用でうまくレイアウトしたいのである。もちろんリスニングルームとして真空管アンプとレコードで純粋に音楽を聞くときに無粋な空間というのはあり得ないのでかなりしっかり検討する必要がある。難しい課題だが工夫して解決するのは楽しいだろう。ちなみに作業しながら聞く音楽はプレイリストの制作中である。これは近日中のできる予定だがリストの曲は今のところ。

スピーカーの間のテーブル(現状)


The String of Love/ Nothing has been proved

Jasper Van't Hof's Pilli Pilli/ Ile

Pilli Pilli/ Pilli Pilli

Fra lippo Lippi/ Should't have to be like that

Prefab Sprout/ Old spoon face is back

Wally Badarou/ Novera das Nove

The Art of Noise/ Beat box, Close, Legs

Grace Jones/ Don't Cry, It's only the Rhythm, I'm not perfect

ID/ ID1

Francis Lai/ Un Homme et une Femme

Mory Kante/ Teri ya

Ginger Baker/ Interlock

George Feme/ Samba

Shinehead/ Rainbow, Raggamuffin, Rough & Rugged

Dub Syndicate/ Intercommunication

Fatback/ Louver Undercover

Isabelle Antena/ Musique de 4 A 6, Otra Bebera

Smiley Culture/ Westland Helicopter

Willie Colone/ She don't know I'm Alive

New Order/ Alvares

It's Immaterial/ Rope

Curiosity kills the cat/ Ordinary day

HongKong Syndicate/ Flash

Eurythmics/ Beethoven

Nitzer Ebb/ Let your body learn

M/R/R/S/ Pump up the Volume

Impedance/ Taited love

Bomb the Bass/ Beat Dis〜Run DMC Run’s House〜・・

どれも懐かしい80〜90年代のポピュラーミューシック、こういう流れ作業にぴったり。

あとキューバ音楽とかニューオリンズジャズもいいかも

Joe Bataan/ Subway Joe

El Gran Combo/ Chua Chua Boogaloo

Tito Puente/ Oye Como Va

Beatlesも意外とおもしろいかも

キリがない・・・


さてさて、というわけで1〜4のどれから始めるか。一度に複数は難しいので基本1つずつだろう。仕事もかなり忙しくなってきたのでこれにばかり時間もかけられない。さてさてどうするかね。






2025年6月6日金曜日

仕事の環境チェック

 今日は仕事で少し疲れたので休憩ついでに久しぶりに机のまわりの写真を撮った。以前も書いたが定期的に写真を撮って冷静に眺めることで問題点や改善点が見えてくる。

「お金」や「恋愛」に関しては「もっと、もっと」と求めすぎるのは決してよくないが、「働きやすさ」や「知識」などに関してはその限りではないというのが私の持論だ。

お金に関しては生活に困らなくて、つまり衣食住が足りていて趣味にも少しはお金がかけられればそれでよく、それ以上を求めることはすなわち強欲でありそういう人は必ず顔に出る。私はそういう顔にはなりたくない。恋愛に関してはポランスキーの「赤い航路」かな。

さて今日の仕事はちょっと面倒で3Dで製品の説明用の絵を作るのだが、これが非常に作りにくい題材で苦労している。何時間か真剣に取り組んでいるととても疲れる。

そんな時は無理に続けず時々休憩する。今日は洗濯をセットして仕事の環境の写真を撮った。この写真の眺め方だが、1人称的に眺めてはダメで、ちょっとわかりにくいが、「3人称自分とは異なる第3者としての自分」で眺めることが基本である。この第3者になりきるという行為は仕事でも何でもすごく役立つのである。つまり何か考えるとき、それが新しく作るものでも何かの計画や手順でもデザインでも、まずは与えられた条件をしっかり把握してさらに参考文献などを眺めながらアイデアを出す。ここまでは1人称の作業である。そしてある程度決まったら、またはどうしても決まらなかったら3人称に切り替える。そして自分自身に問いかける「何をやりたいの?」「どうするの?」「それでいいの?」「何を悩んでいるの?」と。いや、むしろ自分自身を他人として捉え、「何をやりたいのかね、この人は?」みたいな感じと言った方が正確だ。このとき絶対自分を弁護してはいけない。すぐに「だって・・だから」と言う人でいい仕事をする人を長い人生の中で一度も見たことがない。そして先ほど書いたようにこの「斜め後ろ上空から自分を眺める」トレーニングは様々なところで大変役に立つのである。

さて、そんな訳で今日もさっと立ち上げってパチリパチリと写真を撮った。このとき写真を撮る前に片付けてはいけない。

まずはMacの作業机


Macの作業机


ここはさっき布巾でマウスやキーボードや机の上を拭いたのでキレイだ。マウスやキーボードが少しでもベタベタするのが耐えられないのでよく拭き掃除をするのでいつもサラサラで気持ちがいい。それとここはいつもあまり物を置かない。仕事をしながら飲んでいる麦茶のグラスくらい。まあ、これはヨシとしよう。Macの画面(デスクトップ)にも余計なファイルは置いていない。今仕事で使っている共通の金属素材の設定ファイルが1つだけ置いてある。

次にサイドデスク


サイドデスク


ここも今日はほとんど何も置いていない。ヨシヨシ。

次はプリンターの棚


プリンターとアンプ


ここは先日購入したFAX電話機が暫定で置いてあるがこれがなんとも辛い。でも今のところ他に置き場がないので我慢している。白い電線が悲しい。本棚そのものは図書室が完成したのでここに置いてあった本の多くは図書室へ移動して代わりにカメラが置いてある。カメラはレンズや本体がいくつかあるのでそれらはポリプロピレン製の収納ボックスに乾燥剤といっしょに入れてある。だがよく使うレンズ付きのこのカメラはちょくちょく使う機会があるのでここに置くことが多い。そもそもカメラは使ったあと少し手入れしてある程度風通しの良いところに置けばカビは生えない。

まあ、それはヨシとしよう。やはり何と言ってもFAXを何とかするのがここの課題かな。その後この棚の使い方をもう少し考えようと思う。本が少ないのもちょっと悲しい。

次に作業机


工作用作業机


作業台もまあまあ片付いている。ちょい置きトレーを作ったおかげだろう。文庫本は明日出かけるときに忘れないように机の上に置いた。その横は保険の振込用紙、忘れないようにここに置いてある。ここで気になるのは左端の電線。モデムのLANケーブルがぶら下がっている。これは見えないようになんとかする必要がある。あとモニターの前が少し散らかっている。ココの物はちょくちょく使う物が多いのでどしても置きっぱなしになる。何かいい方法はないだろうか。

というわけで、問題は3つ。FAX置き場と作業机の電線隠しとモニター前の小物たち。

そんなところかな。でも待てよ、ちょい置きのトレーってここに入れっぱなしになっている書類や小物って結構多くないか?つまりちょい置きではなく定位置になっていないか。だからすぐに必要な文庫本などがここではなく机に置いてあるのでは?

ちょい置きトレーはあくまでちょい置きであるべきで何日もここに置いてあっては意味がない。考えてみれば当たり前のことだが、ちょい置きスペースは例外的に「何でも可」と錯覚していたかもしれない。

もう一つ、先ほどまで面倒な仕事をしていた割には今日はサイドデスクに資料が何もない。写真を撮るの前に片付けはしていない。この面倒な仕事、資料の多くはPDFをモニターで見ながら作業している。なので紙の資料はほとんど使っていない。と言うことはこれだけ面倒な仕事で紙のドキュメントを使わず済むのであれば、他の仕事でも「ペーパーレス」が可能なのでは?と。私の仕事では紙の資料は客先で紙でもらったものや打合せのドラフトに色々書き込んだものなどである。、それらはタイトルを付けた紙ファイルに入れてある。また参考PDFデータをプリントして書き込みをしてあるものもある。そしてそれらを毎回いちいちスキャンしてPDFにするよりそのままファイルの方が100倍早い。それとスキャンしたものよりオリジナルの方が打合せ内容がしっかりフラッシュバックされる。これ地味に大事で、私は打ち合わせではあまりメモは取らない。こちらが書いている間打合せが止まるのを避けたいからで、忙しい先方を待たせるのがイヤだから。なので今までそうやってきた。

さて、紙にはさらに前述のように書き込みが簡単にできる。特にちょっとした絵などペン1本でチョチョイと描くことができる。また図面など色鉛筆で色分け塗りも簡単だ。

だがPDFはそうではない。Adobeはこういうところが本当にダメで100人に1人も使わないような妙な機能は手間をかけて開発するが、紙に手描きより早く便利に書き込めるなんてことは全く考えないのである。

だからPDFに多くの期待はせず、紙でいいかな、とつまり前述の紙ファイルへと帰着した訳である。マイクロソフトにしてもアドビにしても優秀なオレたちが作ったソフトだからユーザーが合わせろ、と言った感じが嫌いなので、絶対にこちらを曲げてまでも使おうとは思わないのである。Acrobatではない何か便利なソフトがあれば紙ファイルをかなり減らせる可能性があると言うことなのだがどうだろう。いずれにせよ当面は今のままでよいということで思考が1周回って元に戻った訳である。

さて、翌日仕事の合間に作業机まわりを片付けた。ちょい置きトレーの中身をすべて整理整頓しほとんど空にした。残っているのは机の上にあった保険の振込用紙だけ。ぶら下がっていたLANケーブルも壁に留めた。モニターの前の雑物もちょい置きトレーの横の箱を1つ空にしてそこに入れることにした。当面ここはこれでいいだろう。ちょい置きトレーは週に2、3回中身を整理整頓すればよいだろう。


作業机


最後にFAXである。これをなんとか見えないところに放り込みたい。だが時々届くFAXのため「川の向こう」とか「森の中」みたいなことはできない。そこでモニターのウラ側に置いてみた。これでもう見えない。立ち上がって覗き込まないと確認できないが、それは仕方がない。

どうにせようれしいことに本棚からFAXがいなくなった。図書室から何冊か本を持ってきて置くことにした。単純にそばに置いておきたまに見たくなる画集やページを繰りながらお茶を飲むのが楽しそうな本を中心に何冊か。

FAXをなくしてすっきりの本棚



これでしばらくは気持ちよく仕事ができそうだ。




2025年5月30日金曜日

シュリンクフィルムシーラーの台を製作

完成したシーラー台(塗装済み)

印刷物の成果品を納品する際、印刷所から客先へ直送の場合と、一旦ココに納品された物を梱包し直して納品する場合がある。一旦ココに届いた物は通常25部または50部ごとに再パックして発送する。その際のパックにはシュリンクフィルムというのを使う。ロールのフィルムをシーラーで封をしながらカットし、これをヒートガンやドライヤーなどでフィルムを収縮させ密着させる。

今までは下の写真のように作業用のワゴンの上にシーラーという機械を置き、向こう側にフィルムのロールを置き使っていた。手前には高さ調整のために厚い画集を3冊置いた。

シーラー

これでなんとか作業はできたのだが、フィルムのロールは結構重いのでシールしては引き出しまたシールして引き出す作業の際、引き出すのは少し力が必要で、出し過ぎた分を戻すのも面倒だった。ただしシール作業そのものの頻度が少ないので我慢して使っていた。ところが最近、成果物を一旦ココに納品する機会が増え、したがってこの装置を使う頻度も増えてきた。そうなるともう少し作業しやすくしたい。そこでシーラーの台を製作することにした。

まずはいつものように図面を描く。

図面

材料は余っていた集成材の棚板を使うことにした。工房でカットし組立て、それからサンドペーパーがけに半日くらいで完成した。近々使う予定なので塗装は乾燥に時間がかかるので一旦このままとした。

シーラー台

普段使わないときは半分に折りたたんで収納できるようにした。

折りたたんだ状態

これでも結構大きいが使い勝手を優先した。

シュリンクフィルムをセット

これならストレスなく作業できそうである。

今回は簡単な工作だったが、こうしたちょっとした物でもあると作業性が格段によくなるので製作して正解だった。今回のカタログは3000部の納品、これを50部ずつにパックしたので60パック、シーラー台が大活躍した。


その後、塗装してこれで完成である。最後にカバーをかけてパックしたカタログとともに写真を撮った。

カバーをかけたシーラー台とパック済みのカタログ

カバーは昔作った風呂敷を暫定で使うことにした。ちゃんとしたカバーはそのうち作ればいいだろう。





2025年5月14日水曜日

月が好き

 図書室が完成して倉庫の棚も付け終わった。仕事も少しずつ増えてきているが例年に比べればまだ半分以下である。

という訳で次に何を作るか考えることにする。

さて今日は年一度のメディカルチェックアップのためいつものクリニックへ行った。すごく気候がよく外は気持ちがいい。クリニックは少し混んでいていろいろな検査で2時間半ほどかかったが待ち時間はずっと読書していたのでまったく苦にならなかった。松岡正剛著「ルナティック」以前読んだ本だがもう一度読んでいる。松岡さんの本の中では特に好きな一冊。月は特別なのだ。

私も月は大好きで、思えば今の世の中は都会はもちろん結構な田舎でも夜に真っ暗になることはほとんどない。都会は昼間と同じくらい明るいし、田舎も街灯は多い。だから月のことは気にしないでも生活に何ら支障はない。だがもし電気がなかったら夜は月明かりだけになる。そうなると満月に限らず夜空に月があるかないかというは人にも動物にも一大事だ。月さえ出ていれば夜道でもそこそこ歩くことができる。

だからその昔、月とはありがたいものであったことが容易に想像できる。しかし反面本来、闇によって消し去られるものも情け容赦なくつまびらかにさせる月には秘密を暴くという性格を重ねて捉える向きもあった。

話は変わるが、人は他人のことが気になって仕方がない生き物だと言うことは以前会社勤めをしていたときに思い知った。特に女性はそうらしいがいやいや男もあまり変わらない。幸いウチは私もカミさんも他人のことはどうでもいいし、他人に詮索されるのがキライだった、今でもキライだ。カミさんは以前会社で働いていたときも他の女性社員との会話が人の噂話ばかりで中に入れない、と言っていたし、娘の幼稚園のママ友ともお茶に行くのは苦手・・・とボヤいていた。

私は男だって同じだよ、昼食行っても夜飲みに行っても、誰々はどうだこうだとそんな話が好きなのが何人もいるよ、と。

そしてそんな相手に「そう?」と気のない返事をしても全然わかってくれなくてうんざりだった。

私の母も以前田舎住まいをしていたとき、車に近所のおばちゃんを乗せてあげて街まで行ったときすれ違う車をみてそのおばちゃんが「あれはどこどこの誰々だが今頃どこにいくのかしら」とか言っていてうんざりだと言っていた。小説では赤毛のアンにレイチェル・リンドというおばさんが出てくる。それでマシュウ・カスバートが正装して馬車で駅までアンを迎えに行くのを見かけて居ても立ってももいられなくなりマリラに聞きに行く「まったく午後が台無しだわ」とか言いながら。

日本は島国なのでみんなで噂して不穏分子を事前にマークする文化なのだろうか。島国というのは自分たちの価値観と異なる人がいても出て行くところがないからみんなで気にしておきましょうなのだろう。今ではもちろんそんな必要はなくなった。だがDNAに刻まれた詮索好きの遺伝子はそう簡単にはなくならないのだろう。そうそうプリンスエドワード島も島だね。

私個人としては今は独立してそういう無駄なオツキアイはなくなり、仕事も自分のやりたいようにできるので毎日がとても楽しい。

さて、月に戻ろう。月は闇を照らす希望であると同時に秘密を暴く密偵なのだ。何が言いたいかというと「ひとすじ縄ではいかないところが月の魅力」と言うことだ。だから月を絵に描くとき猫はいっしょに描くが犬を描くことはまずない。飼い主に尻尾を振りまくってご機嫌をとる犬と月は合わないのだ。魅力的だが簡単に裏切り何を考えているかわからない猫といっしょに描くのだ。

月は地球に対していつも同じ面を向けている。つまり地球から見えない月の裏側は地球でいくら待っても月は見せてくれない。これは月が地球規模の小さな惑星に対して大きすぎるので質量分布と重力の兼ね合いでそうなっているのだが、こういうところも太古の昔から月の不可思議な性格を形成していた。月が常に同じ向きでこちらを向いているから月は平面的に見え「お盆のような月」に見え、つまり誰かが丸い大きな紙に書いた嘘っぽい月を空の上に置いてあるように感じさせ、ひいては地球も平らで星々は宙(そら)に置かれたオブジェというような感覚主義の人たちが出てくるのだろう。

さて、ここからが大切なのだが、月の秘密を暴く性格付けというのは上に揚げた詮索好きはさておき、詮索することもされることも嫌いな私たちのような人たちにとっていったい何なのだろうか。詮索好きの人たちは月のことなど知らないし気にもしていない。人の噂話が好きな人は月の噂話に興味はないのである。仮に昼食を食べに行ったときツマラナイ噂話にうんざりして「今日は月はどのくらいかな」などと言ってもキョトンとするだけだ。実際に試してみたけど本当にキョトンだった。では月好きの人たちにとって月の先に揚げた性格というのはどのように捉えるべきなのだろうか。私はこう思っている。詮索好きのツマラナイ人たちに気分を害されるのではなく「月のせい」にして「まったく困ったものだ月には、それでも月が好きなんだ」というそういう役回りなのだと。人は生きている限り詮索される。それを「月」のせいにしてだから仕方ないよね、と。

さて最後に庚申の日について。庚申の日とは人の中に居る虫(しょうけら)が9匹いて(実際の虫ではなく概念としての虫ね)親分3匹にそれぞれ子分が2匹居て全部で9匹、これが2ヶ月に一度、あなたが寝ている間に宙に上がって神様だか何だかにあなたの所業を告げ口するという民間信仰。だからその日は徹夜して虫が宙に上がるのを防ぎましょうというということになる。これなんて先の月の話によく似ているが、庚申は月とは直接関係ない。だが松岡さんの「ルナティック」では庚申の日も「月」とうまく絡めて語られている。松岡さんはこういう文脈づくりのテクニックが最高にウマいのである。

今の月、西の空に沈む前

オリンパスのマイクロフォーサーズの300ミリレンスはフルサイズ換算600ミリでこれにテレコンバージョンレンズを付けると1200ミリになる。オリンパスは手ぶれ補正が秀逸でこの1200ミリ相当のレンズを手持ちで撮影できる。こんなカメラは他にはない。上の月は撮影条件があまり良くなく電線も邪魔だが手持ち15分の1秒である。1200ミリの超望遠を手持ちで撮影できるのである。

以前撮影した月食でもこのレンズが大活躍した。マイクロフォーサイズはセンサーサイズが小さいのでスペックオタクの人には人気がないが月を撮るなら最高のカメラである。





2025年4月29日火曜日

図書室のリノベーション-2

 前回の続きで図書室のリノベーション。本棚の製作はビスケットジョイント用の溝切りで苦戦することになった。4ミリのルータービットで溝を切るのだが、1本目の本棚の加工が終わり2本目に取りかかったところでビットが折れてしまった。無理な力はかけていないのだが、まあこういうこともあるかな、とホームセンターへ行きビットを再購入。予備も欲しかったが1本しか在庫がなかった。新しいビットで作業再開。だが次の1本分の製作が終わりにさしかかったところでまたしても折れてしまった。うーん。折れた部分を見るとどうも曲げやせん断ではなく、ねじ切れたような感じである。仕方がない、ビットを4ミリから5ミリに変更した。ビスケットの合板が4ミリなのでゆるいがその分ボンドをたっぷり付けて接着の養生時間を長めに設定することにした。よって製作できる本数が1日1本となった。ゆるい分クランプでの固定時間が2倍以上必要だからだがまあ仕方がない。本棚は残り4本なので養生を含め5日間かかる予定。

もう一つ、可変棚のダボ穴を家にあった金具に合わせて開けたが、今回注文した金具は少し径が大きく、うまく入らず少し穴を広げる必要があった。

こうした想定外の問題は本棚に限らず、模型製作でも手芸でも皮細工でもよくおきる。大事なのは慌てて手を打たないことだ。若い頃はこれでよく失敗をした。万全の計画で丁寧に始めたのが途中でつまずき、最後はテキトーになってしまう。これではもったいない。さっさと問題をフィックスしたい気持ちを抑えて時間と手間をかけて解決することで良い物が作れる。

想定外と言えばもうひとつ、工房の集塵機が使えなくなった。故障ではない、ゴミがモーターのファンに絡まったようだ。分解して掃除する。そもそもこの集塵機、何年か前に急いで作ったもので色々問題も多い。これら問題点を解決せず応急で直してもまたすぐおかしくなることは間違いない。そこで集塵機を作り直すことにした。ほんとうはとりあえず使えるようにして本棚を優先すべきなのだろうが、どうも図書室や倉庫などが終わったら「また今度でいいや」となりそうだったので、同時に作業することにした。

さて本棚だが新規製作6台のうち大型4本が完成し図書室に設置も終わった。残るは文庫やコミックなどの小型の本棚2台である。小型と言っても高さと幅は大型と同じで奥行きが少ないだけで棚板は固定だが段数が多い。重量的には大型と変わらない。だがこちらはビスケットジョイントもダボも使わないので木の削りカスはほとんど出ない。集塵機なしでもなんとかなるかもしれない。


完成して設置した本棚4台



そうこうしている間に仕事も何件か入ってきた。うーん、予定通りに進めるのが難しくなってきた。

工期を見直し、図書室と集塵機を同時進行し、最終的にはゴールデンウィーク前までに終える計画に変更した。同時進行の利点は接着剤の養生中なども別のことができ効率的なことと、同じ姿勢の連続は肩や腰に結構辛いが両方を交互ですることで楽になること。欠点は集塵機ができるまで製作にテーブルソーもスライド丸ノコも使えないことである。

その後本棚1台が完成し、製作する本棚はあと1台となった。集塵機の方はようやく4月21日にある程度組み終え、試験的に使ってみることにした。またこれでスライド丸ノコが使えるようになったので残る1台の本棚も製作可能になった。実は最後の1台は室内側との取合いでどうしても幅を1センチ詰める必要がでてきたのでスライド丸ノコを使う必要があり、集塵機が使えるようになるのを待っていた。

そんな訳でなんとかゴールデンウィーク前に図書室のリノベーションが終わった。厳密にはまだ少し作業が残っているがまあ完成で良いだろう。次は隣の倉庫の棚づくりである。これはゴールデンウィーク中に完成の予定。


図書室の本棚-1




図書室の本棚-2

少し作業が残っているのでまだ工具やらがテーブルに置いてある。でもここまで来たらあとはのんびり作業すればよい。






2025年4月21日月曜日

集塵機の製作

 ペール缶の上に取り付けるサイクロン方式の集塵装置をだいぶ前に楽天で購入した。古い掃除機を分解してファンモーターを取り外し、これにこのサイクロン集塵装置を付けて使っていた。だがこのサイクロン集塵装置、比較的粒の大きいダストは集塵するが粉末はほとんど素通りした。そこでファンモーターの廃棄側に穴あきボックスを取付け、そこにフィルターとしてニードルフェルトを貼って使っていた。だがこの方式だと細かなダストはファンモーターを通過することになる。細かなダスト以外にもビニール袋の断片などもサイクロンで補足できずファンモーターを通過し、時々これらのゴミがファンモーターに引っかかるので、今までにも何度かファンモータを掃除したのだが、掃除のたびに結構大変だった。そこで今回分解掃除と同時に集塵装置そのものを作り直すことにした。

まずはいつものように設計図を描く。

図面

ただし、この図面はあくまで参考で実際には臨機応変に変更しながら作ることにした。

また、この集塵機は基本的には工房の定位置に設置するものなのでキャスターは付けるが頻繁に移動したりしない。だから重量は気にせず、全体はOSBの端材を使って作ることにした。これは図書室の壁の補強で使ったOSBの余りである。OSBでモーターを囲い、吸音材を貼ることで稼働時の音を小さくできるのではと考えたのだがどうだろうか。これはできあがって動かしてみるまでわからない。また今回の一番大きなポイントはサイクロン集塵装置とファンモーターの間に集塵フィルターをセットし引き出して掃除できるようにした。これでファンモータの吸気口に細かなゴミやビニール片などが詰まる心配はなくなるだろう。

製作中の集塵機

集塵機の製作中は手前の古い掃除かが大活躍している。これは30年以上前の掃除機だが今でも問題なく使える。

話は脱線するが、電化製品は今のものより昔のものの方が作りがしっかりしていた。エアコンや冷蔵庫など省エネ性能が重視されるものはあまり古いものは良くないかもしれないが掃除機、洗濯機、電子レンジなどはいわゆる枯れた技術で、つまりもう何十年も前に技術的にはピークを迎えていて、それ以上進歩しない。家電メーカーはツマラナイ機能を付加して新製品をアピールするが全く意味がない。むしろ内部のパーツが中国製の品質の悪いものや、金属部品がプラスチックに、銅がアルミに置き換わって寿命がどんどん短くなっている。これは私の思い込みというわけではない。去年修理に来た大手家電メーカーの修理やさんが「部品が昔に比べ耐久性がなくなっている」とはっきり言っていた。それも二人(別の会社)が同じように言っていたのだからまず間違いはないだろう。ずいぶん薄っぺらい時代になったものだと感じるのは私が歳を取ったせだろうか。

さて、集塵機だがこれがないとテーブルソーやスライド丸ノコが使えない。つまりこの集塵機の製作はテーブルソーを使いたいところだが、すべてのこぎりで材料を切っている。

部分的にはジグソーも使ったが、のこぎりやジグソーの木くずはこの古い掃除機を使って掃除した。だがこの掃除機では紙パックがすぐにいっぱいになってしまうが仕方がない。

ただし、図書室の本棚の最後の1台はホームセンターでカットしてもらったのだが、あと1センチほど幅を詰める必要が出てきたのでどうしてもスライド丸ノコを使う必要があった。スライド丸ノコとテーブルソーはさすがに掃除機では対応できない。発生するダストの量が多いので。つまり集塵機が使えないと図書室も完成しないのである。

その後、集塵機はほぼ組み終わって、ここでいったん集塵ダクトに取り付けて試験運転をすることにした。結果はまあまあで音はもう少し小さいとよかったのだが以前に比べれば少し小さくなった。フィルターは完璧に機能していて問題はない。吸引力も以前と変わらずこれも合格である。この集塵機はこの場所が定位置だが、移動して別の場所で使用することもできるようにした。そのため電源ケーブルを少し長めにしたのを普段巻き付けておくリールやこの位置から引き出すときのハンドルなどこのあとも少し手をかける予定だが、まずは図書室を早く仕上げてしまいたので、いったんこの状態で使うことにした。

試験運転中の集塵機

その後、コードリールを取り付け、塗装も終わった。OSBは切り口はサンドペーパーをかけても木の繊維により「とげ」がささるので、こういう物の場合はパテ処理と塗装をしたほうがよい。
完成した集塵機

塗料はヨドバシはお取り寄せで時間がかかりそうだったのでAmazonに注文。アサヒペンスーパーコートという水性塗料。なぜか色によって値段がかなり違っていた。作業台の下に置く物なので何色でもいいかな、と一番安いヘリテージグリーンを選んだ。1300円だった、ちなみに赤は2600円と2倍だった。ふーん。

箱の手前にくっついている黒い小箱は集塵機のオンオフ用ケーブルリモコン。ケーブルはリールに巻き付けてある。ウラ側には電源ケーブルを巻き付けるリールも付けた。






2025年4月13日日曜日

図書室のリノベーション-1

 仕事が忙しく何度も中断していた図書室のリノベーションがようやくリスタートである。今回は中断することはなさそうである。この日をどれだけ待ちわびたことか。図書室は本を収蔵するという目的であることは間違いないが、それだけではない。本に囲まれて過ごすという最高の時間を提供してくれる場として特別なのである。熱い紅茶をポットに入れて本棚から本を何冊かテーブルに置いてページを繰りながらお茶を飲む。最高に贅沢な時間の使い方なのである。

2016年に今の図書室を作り、本棚を6本製作した。これらとは別にコクヨのスチール本棚が2本あり、全部で8本の本棚でスタートした。それで数年は良かったのだが、部屋の一部にスチールラックがあり、そこにあれこれ普段使わない物を収納していた。つまり部屋として完全な図書室とはなっていなかった。また本や仕事のファイルが増え本棚も足りなくなった。そこで2023年の春頃から図書室のリノベーションを計画し始めた。レイアウトは決まっていたので図面を描き、あとは工事の段取りかな、というところまで行ったのだが、何しろ仕事が忙しくなかなか着手できなかった。


平面計画(ピンクが新規の本棚)



工事の手順は新規に本棚を設置する部分の壁の補強。そして新規本棚6本の製作と設置である。簡単そうだが結構面倒な作業が多く、仮に仕事がなくこれだけに専念できたとしても1ヶ月はかかる作業だ。だから寝る間も惜しんで仕事をしているような状況ではいつまで経っても終わらない。いままで仕事が少し減るたびに今度こそ、今度こそと何度か始めようとしたのだが結局始められず、初めの計画から丸2年が経ってしまった。

ところが今年は3月中旬から4月中旬の今まで新規の仕事が無く、いくつか引き合いはあるがまだ始まっていない。本来なら個人経営の会社にとってヒマほど恐ろしいものはないのだが、今年は「図書室リノベーションの好機を与えてくれた」と前向きに考えて3月中旬から工事を再開したのである。

3月20日にホームセンターに壁補強用のOSBを買いに行き、そこから実質的な工事がスタートした。約2週間かけて壁の補強や関連するその他の工事を完了し、4月10日に本棚の材料をホームセンターに注文に行った。カットも依頼したのだが何しろ量が多いので当日は無理で、翌日の夜にできましたよ、の電話をもらった。そこで12日に材料を引き取りに行った。

本は重いので普通の棚板用の18ミリ厚の集成材は使えない、弱すぎるので。そこで厚さ25ミリの集成材にした。これは2016年に作った時と同じ仕様である。長さ3m幅50センチ厚さ25ミリの集成材を使う。これを9枚購入しカットを依頼した。図面は加工の担当者にわかりやすいように丁寧に描いた。


カット加工図



カットしてもらった材料はホームセンターの軽トラを借りて家まで運んだ。方南通りにある島忠というホームセンターである。軽トラは積み込みなどは自分でする必要があるが5km以内で往復1時間まで無料で貸してくれるのでとても助かる。
本棚の側板は高さが2.3mもあるので軽トラの荷台には収まらない。運転席の上から斜めに荷台に載せることになる。輸送の途中で荷崩れなど絶対に起こしてはならないので、ロープを借りてしっかり固定する。ロープも無料で貸してくれた。荷台のロープがけというのはそれほど難しくはないがちょっとしたコツがあり、それを知らない人がこれでいいかな、と結ぶとたいへん危険である。
さて、無事に家まで運んだ材料を降ろし、軽トラを返してそれからバスで帰ってきた。いつもそうだが、こういう買い物は家族みんなで行くことが多い。今日もカミさんと娘がいっしょだった。軽トラには2人しか乗れないのでカミさんはホームセンターで家具を見ながら待っていた。休日で人が多くてちょっと・・・と言っていた。帰りにリトルマーメイドというパン屋でパンを買ってバスで仲良く帰って来た。買ってきたパンを食べながらのんびり。
その後、玄関に置いてあった本棚の材料を工房の近くに移動した。


本棚の材料



4月13日から本棚の組み立てにかかる。まずは設計図。すでに設計図は制作済みだが組立て用の図面があったほうがよい。そこで既存の設計図から組立要領図を作成した。たとえば設計図では棚板のピッチが30センチだとしたら、30、30、30と記入してある。だが製作の時は、30、60、90と起点からの長さを書いてあった方がわかりやすいし誤差も少ない。また寸法を押さえるポイントも設計図とは異なる。なにしろ間違えたら最悪材料の再購入となり面倒だ。だから作りやすく間違えにくいことを優先して組立要領図を作る。
組立要領図



上が大きな単行本の本棚、下が文庫本の本棚。単行本の本棚は棚板が1段おきに固定と可変が交互となっている。固定棚は完全に側板に接着固定する。可変棚は金属製のダボを使って棚板の高さを調整できるようにする。つまり側板には接着しない。

接着する棚板は本棚全体の構造要素なのでしっかり固定する必要があるのでビスケットジョイントと接着剤を使う。

ビスケットジョイントはルータービットで溝を切り、そこにベニヤ板を小さくカットしたジョイント部材を差し込み接着剤で固定する。可変棚はダボ用の穴あけをする。基準高さに加え上下5センチにも受けを入れておく。


加工済みの側板



工房で部材の加工が終わると、それらを図書室へ運び、組立ては図書室で行うことにした。なにしろ工房はとても狭いので加工と同時に組立てはできない。それに組立てだけなら木くずはほとんど発生しないので図書室での作業でも問題ない。


組立て中の本棚



ざっと時間を計ってみたら、本棚1本分の材料の加工と組み立てにあわせて2時間ほどかかった。また1台組立てクランプで固定、接着剤がある程度強度が出てクランプを外せるまで3時間くらいはかかる。もちろんまだ立て起こしたりはできない。そのまま一晩置いておく。

だがその3時間に次を組立てもできるので1日に2本の本棚を製作できる。ただし組み上がった本棚に掃除機片手に糸面取りや補強した壁面への取付け、本棚どうしの連結もそれなりに時間がかかる。さらに今週は仕事の打合せが2件ほどあるので、この作業ばかりに時間はかけられない。当面、今週末4月20日を完成を目標とすることにした。






2025年3月20日木曜日

ファクシミリ付き電話機を買う

 4月から新しく取引開始する会社と受発注の件で打合せに行ってきた。受発注システムは自動でFAXを送信するので受信したら記入して送り返すことになるらしい。今どきFAX?などと言ってはいけない、この手の仕組み作りにはすごく費用がかかるので、いったんできあがった仕組みを変えるのはよほど重大な理由がないとやらない方がいいからだ。

特に安易にコンピューターソフトによるシステムを作ろうものならサラリーマンの年収の何倍もの費用をソフト会社に払うことになる。さらにOSのアップデートとサポート終了に伴うソフトウェアの更新にも多大な費用がかかる。

以前働いていた会社で私はファイルメーカーというソフトを使って自分の事業部の売上管理やら外注費支払い管理のプログラムを作って使っていた。使うたびに時間があると少しずつ改善してみんな結構便利に使っていた。会社の他の事業部はマイクロソフトエクセルで毎回作っていて、あほらし、と感じてファイルメーカーで作ったのだが、自分で言うのも何だが必要な作業時間が5分の1から10分の1くらいになった。ただしソフトのバージョンアップは面倒なのでしなかった。

その後会社のメインの売上管理システムをソフト屋さんに依頼してファイルメーカーベースにするという話を聞いた。別にどうでもよかったが、なぜか私の部にも影響が出て、これを機にソフトをバージョンアップせよとのお達しがきたのである。面倒なのでその会社にやってもらったら?とテキトーに答えておいた。そしたら見積りが来たらしい。いくら?ときいたらコンバージョンだけで結構な費用で(確か40万円くらいだった)、それでバージョンアップに伴う不具合の修正はしない、というから驚いた。へ?じゃあ仕方がないから自分でやるかな、と言って最新版に変換した。ほとんど不具合はなかたったが多少調整は必要だった。これ全部合わせて半日もかからなかった。ちなみに調整が半日でコンバージョンは10分で終わった。いや、正確には3分くらいだったと思う。3分40万円かぁ、でもべつにそのソフト会社を悪くは思っていない。ソフト関連ではよくよくある話だからだ。

だから新規の取引先で古いFAXによる発注と聞いたときに、どちらかというと良い会社だなぁとすら感じたのが正直なところだ。

そんな訳でFAXである。でもウチにはFAXはない。以前業務用のFAX機を持っていたが、全く使わなくなり処分してしまった。仕方がない、購入することにした。FAXはほかにWEBによるPDF変換してメールで送ってくれるサービスなんかもあるらしいが、仕事で相手がある話でそんなサービスは使いたくない。セキュリティの保証がないか、あってもこちらできちんと確認するスキルもヒマもないからだ。そんな面倒なことするくらいだったらFAX機能付き電話機を買うほうが安いし楽というものだ。そのFAXも使うのはおそらく月に1度か2度かその程度だろう。受けたFAXも送ったFAXもスキャンして電子データで保存しておくので、シンプルで安い機械でいい。そんなわけで、価格ドットコムで調べてみたのだが、安いものはほとんど1種類しかなく、それを買うことにした。パナソニックの3万円くらいだったかな家庭用ファックス機能付き電話機、ヨドバシに注文したらすぐに届いた。

他に選択肢はないし、FAX機能付き電話機なんてどれも似たようなものなのでしかたがない。とりあえず開封してサイドデスクの上に置いてみた。

FAX機能付き電話機



うーん。必要なものだから仕方がないとは言え、これは絶対目の届くところには置きたくない。私の書斎には絶対合わない。すごく浮く。このFAX機能付き電話機、用紙をセットしていつでも受信できるようにしておく必要はあるので、他の機器のように使うときだけセットして・・・という置き方はできない。
用紙をセットすると高さは35センチほど必要で、用紙を排出するスペースとして前面にA4サイズの奥行き、トータルで機械の奥行き+30センチ程度=50センチ強必要ということになる。もう少し真剣に考えるべきだったかもしれない、と後悔しても始まらない。どこか目立たない「ほら穴」のようなスペースを見つけて、そこに置くしかないのかも。

何はともあれ動作確認、とも思ったがぜーんぜんやる気にならず、そのまま置いてある。

このファクシミリ付き電話機、コードレスの子機も付いていたが開封せず袋に入れたままダンボールに放り込んだ。

話は変わるが私は今の新築住宅や共同住宅(日本でマンションと呼ばれているもの)のあのビニールクロスの天井、壁が好きになれない。だからウチではビニールクロスはトイレと脱衣室くらいしか使っていない。壁は漆喰がいい。古くなった木部が古色を帯びてくるのも好きだ。だがあのビニールクロスというものは家が完成したときが一番良く、何年経っても味など出てこない。薄汚れてみっともなくなるだけだ。そうするとまた貼り替えるのである。それでしばらくはキレイ、そしてまた薄汚れてくるのくり返し。だが漆喰や木はちがう。ヨゴレや傷が味になる。どちらがよいかは考えるまでもないように思うのだが。また住宅の天井にデカい蛍光灯(今はLED照明)というのも嫌いだ、ビニールクロス+天井照明だともう全く落ち着かない。この真っ白なプラスチックのFAX機能付き電話機はそれに通ずる何か違和感がして生理的に受け付けないのである。

独立して、自分の気に入ったものだけ身の回りに置いて、楽しく仕事をするぞー、というのもこんなFAX機能付き電話機1台で台無しになってしまうものなのだなぁ。と諸行無常を感じる1日だった。






2025年3月13日木曜日

デスクまわりの「ちょい置き」その後

 前々回だったか、仕事をしているとどうしてもデスクまわりに「ちょい置き」があり、これが仕事場所が散らかる元凶になっている。だからちょい置きは極力やめにして、どうしても必要な分は、つまり避けられないものは「ちょい置きスペース」を作り、そこだけに置くことにする、と書いた。

その後、ちょい置きスペースも木製のトレーを2つほど作った。以来届いた郵便物や参考の冊子などはこの「ちょい置きスペース」を活用している。

いまのところうまくいっているように感じている。今日は仕事で水彩画を描いているが、絵の具が乾くまでの間にデスクまわりのチェックをした。

コンピューターの作業机は特に問題ないのでサイドデスクと作業机だけチェックする。以前も書いたがこの写真を撮るときには一切手を加えず、ありのままを撮るのがルールである。片付けたのでは意味がないからだ。まずはサイドデスク。

サイドデスク


ここは問題ない。書類が置いてあるが、やりかけの仕事で必要な書類なのでこれらはよい。

次に作業机


作業机



ここも問題ない、描いている水彩画の道具だけである。少しモニター前が散らかっているが、これくらいはよいだろう。ちょい置きスペースにもあれこれ置いてある。つまりちゃんと使っている。よしよし。描いているのは鹿の絵、カタログに使う水彩画に鹿を入れてほしいという要望があったので鹿を描いている。カタログの挿絵の場合、芸術作品ではないので、鹿だけ描いてスキャン後画像合成で入れる。だから元の水彩画には手を入れず、鹿だけの絵を描いている。下図を描いて水彩画に仕上げてでだいたい20分くらいだろうか、もっと短いな、多分。だが描いては乾かし、また描いては乾かしなのでそういう意味では30分以上かかる。乾くのを待っている間にこれを書いている。

以前は3Dの計算中に水彩画を描いたりしていたが、最近のコンピューターはスピードが速いので計算時間はとても短い。ちょっとしたカットならウチのM1ultraのMac Studioなら数分で計算は終わる。だから思考が分散しないように3Dは3D、水彩画は水彩画とすることが多い。ときどき1時間くらい計算にかかるものもあるが、そんな時は計算中に別の仕事をすることもあるが、最近は少ない。

さて、鹿も描き終わったので乾くのを待ってスキャンニングである。乾くまでもう10分くらいだろう。ついでに撮った本棚の写真


本棚とアンプ、プリンター置き場



ここも問題ない。ちょっと気になるのがこのアンプやプリンターの下に置いてあるプリント用紙や大型の孔あけパンチや中綴じ用のこれまたデカいステープラーである。かなり大きいので他に置く場所がないのだが、そのうちなんとかしたい。

さて、鹿の絵だが合成したが納得いかず結局すべて描き直すことにした。やれやれ。


描き直した絵



これは透明水彩を描いている人には常識かもしれないが、透明水彩のパレットはめったに洗わない。それぞれの小窓にバランス良く絵の具をチューブから出しておき、これに水を含んだ絵筆でなでて筆についた絵の具を広い場所で他に色と少し混ぜて色を作ってそれで絵を描く。透明水彩は乾燥してカチカチになっても水を加えればまた溶ける。だから毎回チューブから出して塗る必要はない。実に経済的だし、描きたいなとおもったらすぐに描けるのがいい。

ちなみにアクリルガッシュは同じ水性だがこういう使い方はできない。乾くとカチカチになり水を加えても二度と溶けない。だから梅皿も使い終わったらすぐに洗わないと使えなくなってしまう。アクリルガッシュは水性ペンキとほぼ同じように思われる。

もう一つ、エアブラシで使うラッカー、これも塗装が完全に乾燥してもラッカーを付けた布地などで少しこすると溶けて取れる。だから部分的に失敗しても先の尖ったタイプの綿棒で塗装を剥がし、再度エアブラシを吹くことができる。平らな面の場合はラッカー補修よりは目の細かいサンドペーパーまたはスポンジヤスリで軽くコシコシと塗装を落としエアブラシを吹く。エアブラシはオタク文化なので、いろいろ細かいこだわりを持っている人が多いので、こんなこと書くと「わかってないなぁ」なんて言い出す人がいるので、まあこのくらいで。

私は透明水彩が好きだが芸術的な絵が描けるほどの腕はない。だがときどき描く。3D-CGやイラストレーターとはちがった味があり、それが最適な場合があるからだ。だがまだまだうまく描けないので時々YouTubeなどの動画で勉強している。今は猛烈に忙しいのでそんな時間はないが、4月に入って少し落ち着いたらまた練習再開である。

思えば仕事の上での私のスキルはどれもまだまだで、世の中には上には上がいる。それは痛いほどよくわかっている。ではどうして私のところに仕事の依頼をいただけるのかというとそれには理由がある。と少なくとも自分ではそう思っている。例えばグラフィックデザイナーなんて世の中に掃いて捨てるほどたくさんいる。だからわかりやすいチラシのデザインなどは価格競争となることが多い。こういうやり方でこんな風に、でいくらで?となる。デザイナーAさんが10万円でデザイナーBさんが7万円だったらBさんの仕事になる。食い詰めデザイナーのCさんが5万円といえばCさんが時間単価1000円以下で取ることもある。仕事なくて遊んでいるより安くてもいいから、という理由で受ける。だからデザイナーはそういう仕事を生業にするのは大変厳しい。別の言い方をすれば長続きしない。こんなことやっているよりスーパーのレジ打ちの方が時給がいい、なんてことになるからだ。ソフトのスキルがあってデザインセンスもそこそこあってもそうなってしまう。

私の仕事は、建設系のカタログなどのデザインが多い。そしてダメ元で必ず提案を入れる。その提案は却下になることも多い。お客もいろいろで、言った通りでないと気に入らない人もいる。だが提案を真面目に検討してくれる人もいる。

お客は、たいてい「ウリ」を特長として列挙してくる、当然だ。だがそれが7つも8つもある場合、読み手はウンザリしてしまい、まず読んでくれない。だからこういう風に絞ってこれとこれはこういう風に表現してはどうでしょうか、と提案する。そのためにはこちらが技術をきちんと理解する必要がある。そうでないとそもそも提案など絶対できない。ちょっと文章が多いので少なくできませんか?なんて抽象的なこと言ってもなかなか動いてくれない。具体的にこういうのいかがしょうか、と提案できて初めて検討してもらえる。当然お客から提供される資料も理解する必要がある。図面が読めて技術資料の内容と照合しながら提案を考える。図面に関しては間違いを見つけて指摘できるくらいまでしっかり読む。

例えば今制作中の製品のカタログでは、基礎に特長があって通常製品ではコンクリートを使って大きな基礎を作ることが必要なのだが、この製品はコンクリート基礎無しで転倒モーメントに耐えられる構造になっている。お客さんは「コンクリート基礎が不要です」という説明書きを加えることを考えている。だが私は「どうしてコンクリート基礎無しでこれだけの応力に耐えられるのか」を説明する絵があった方がいいだろうと考え、それを提案する。

幸い私はお客に恵まれていて、黙って言ったとおりに作ってくれ、というお客はまずいない。いや以前はいたがそういう人は全部自分で原稿を作って、あとは印刷さんのデザイナーに安くキレイに仕上げてもらった方がよいので、私との関係は長続きしないということかもしれない。だが完成したカタログなどを見比べれば差は一目瞭然なので私への依頼は減らない。自慢ぽく聞こえるかもしれないが、これが実に大事なことなのであえて言わせてもらいたい。

つまり、デザインできます、イラレ使えます、ではまず食っていけないのである。中にはすごいイラストを描く人もいて、それで仕事もいっぱいあって、というのはあるだろうが、そこを目指すのは茨の道である。

もちろん技術を理解するのも常に学習が必要で、それはそれで大変だ。だが学習した分だけ確実に知識が増える。それの積み重ねでお客さんと充実したコミュニケーションが可能にもなる。そしてそこからアイデアも自ずと沸いてくる。あとはそれをどう表現するかだ。表現手法の提案があってはじめて説得力も出てくるというものだ。だから私は3D-CGもIllustratorも水彩画も使う。そのスキルは高ければ高いほどいいのは間違いないが、限られた時間のなかで、全部をナンバーワンを目指すのは無謀である。だがひとつだけに注力しすぎるのもよくない。それほどシビアに考える必要はないが、自分を斜め上方から眺めるようにバランスを取ることが肝要だ。

また、現状に満足して歩みを止めたらおしまいなので、いくつになっても学習とスキルアップは続けていく。

学習とスキルアップが楽しくて仕事をしているようなものである。