私の理想は
1.「邪魔」や「鬱陶しい」が存在しない。
2.「我慢しながら使う道具」なんてない。
3.あちこちに「遊び心」がある。
4.快適な「空気と音」がある。
今のところ、思いつくのはこの4つ。
このうち
1は独立したことで、すでに達成した。2〜4はすこしづつ。今のところ6〜8割達成かな。
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| ここが仕事の主戦場、Mac2台、でもMini |
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| サイドデスク、色鉛筆が置いてある。上の写真は3年前に撮影した白黒写真 |
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| その左側、アンプとプリンター(黒いカバー)などなど |
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| さらにその左の作業台、ここはもう少し改良の余地がある |
右端にある石みたいなのはヒマラヤ岩塩。岩塩ランプの製作中なので置いてある。
こうして改めて写真を撮り眺めると、改善の余地がいろいろ見えてくる。
例えばサイドデスク部分はスペースが有効に使えていない。少し考えよう。
また、気づいていたことだがモニターの下、ヤマハの色が全然合わない、うーん。
ふと思ったのは、アンプの奥の壁は黒い方がいいのでは。
でフォトショでシミュレーション
こう言うのはお茶の子さいさい。1、2分。
どうかな?
こっちも
いいかも。
私は明るく白っぽい空間があまり好きではない。清潔感のある爽やかな、そして明るい日差しの健康的な空間はもちろんすばらしいと思う。だが私には似合わない。落ち着かない。集中できない。
黒1色みたいな空間で所々スポットで明るい空間が好きだ。落ち着く、そして何より集中できる。
また色彩豊かな空間も苦手だ。だから色のあるものには結構慎重になる。
意図的にアクセントとして色を置く、というのが私のスタイルだ。額装の写真、デスクの上の小さなナインチャ、壁のポストカードなど。
そのように自己分析すると、もう少し突き詰めて考えることもできる。
例えば、プロジェクトごとのファイルは色があって良いのか、ホチキスやなどの小さな事務用品は、といった具合に。
病的にこだわる必要はないが、ただ何となくホチキスは赤がいいかな、などとはしない方が良いのだろう。
毎日同じように見ているモノでも、意識の焦点が動くだけで、その捉え方は大きく変わる。
十分わかってはいるつもりだが、まだまだだ。
少し前に、青山あたりを娘と写真を撮りながら歩いた。娘の写真アングルの練習に。
SF映画に出てきそうなミライっぽいオフィスのエントランスを見つけたので、娘はカメラを構える。運悪くヤマト運輸のおじさんが出てきてた。娘は通り過ぎるの待って、再びカメラを構えて写真を撮っていた。
撮り終わって私が、宅急便のおじさん入りのシュールな写真という発想はなかった?
と聞くと「あっ、そうかー」と。
多分ブレッソンだったらあのタイミングでシャッターを切っていたような気がするよ。と言ったら、「うーん」と考え込んで「その発想がポンっと出ない・・」と言っていた。
でも次同じようなシーンがあったら違うよね。と聞くと。「そうだけど・・・」
「だから数撮る。それをお父さんがコテンパンにしてあげる」
「お願いします」
となった。
私の場合、コテンパンにしてくれるのは後ろ4m、40度の仰角から見下ろしているメタ自己だ(メタ自分)。
これもそのうち娘にも教えてあげる必要があるだろう。
いい年をしてメタ自己を持たず、自信たっぷりなマヌケデザイナーにはなって欲しくないからね。
でフォトショでシミュレーション
こう言うのはお茶の子さいさい。1、2分。
どうかな?
こっちも
いいかも。
私は明るく白っぽい空間があまり好きではない。清潔感のある爽やかな、そして明るい日差しの健康的な空間はもちろんすばらしいと思う。だが私には似合わない。落ち着かない。集中できない。
黒1色みたいな空間で所々スポットで明るい空間が好きだ。落ち着く、そして何より集中できる。
また色彩豊かな空間も苦手だ。だから色のあるものには結構慎重になる。
意図的にアクセントとして色を置く、というのが私のスタイルだ。額装の写真、デスクの上の小さなナインチャ、壁のポストカードなど。
そのように自己分析すると、もう少し突き詰めて考えることもできる。
例えば、プロジェクトごとのファイルは色があって良いのか、ホチキスやなどの小さな事務用品は、といった具合に。
病的にこだわる必要はないが、ただ何となくホチキスは赤がいいかな、などとはしない方が良いのだろう。
毎日同じように見ているモノでも、意識の焦点が動くだけで、その捉え方は大きく変わる。
十分わかってはいるつもりだが、まだまだだ。
少し前に、青山あたりを娘と写真を撮りながら歩いた。娘の写真アングルの練習に。
SF映画に出てきそうなミライっぽいオフィスのエントランスを見つけたので、娘はカメラを構える。運悪くヤマト運輸のおじさんが出てきてた。娘は通り過ぎるの待って、再びカメラを構えて写真を撮っていた。
撮り終わって私が、宅急便のおじさん入りのシュールな写真という発想はなかった?
と聞くと「あっ、そうかー」と。
多分ブレッソンだったらあのタイミングでシャッターを切っていたような気がするよ。と言ったら、「うーん」と考え込んで「その発想がポンっと出ない・・」と言っていた。
でも次同じようなシーンがあったら違うよね。と聞くと。「そうだけど・・・」
「だから数撮る。それをお父さんがコテンパンにしてあげる」
「お願いします」
となった。
私の場合、コテンパンにしてくれるのは後ろ4m、40度の仰角から見下ろしているメタ自己だ(メタ自分)。
これもそのうち娘にも教えてあげる必要があるだろう。
いい年をしてメタ自己を持たず、自信たっぷりなマヌケデザイナーにはなって欲しくないからね。





